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zoom RSS 効果の高い拷問の方法を考案した人。武士なの? 町人なの 僧侶なの?

<<   作成日時 : 2017/09/09 09:45   >>

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★歴史★
問題:江戸時代には、取り調べの方法として拷問が許されていたと聞きます。ただし、現場の者が好き勝手に容疑者に苦痛を与えていいというわけではないらしい。寛保(カンポウ)2年(1742年)の公事方御定書(クジかたおさだめがき)という江戸幕府の基本法典により、制度化されていたといわれます*1*2。以後は、幹部級の許可をもらわないと拷問はできなかったらしい。
■公事方御定書では、笞打ち、石抱き、海老責、釣責の4つの方法が採用されたらしい。これ以外の方法は、禁じられたということなのでしょうね。水責・塩責とか木馬責・駿河問いといった方法は、使用禁止かもしれません。
■正式採用された笞打ちは口絵のようなものだったらしい。「後ろ手に高くしばり、盛りあがった肩の肉を麻をなった笞で打つ」らしい*7。
■石抱きは、断面が三角形をした棒を並べ、容疑者をその上に正座させ、太股に重い石を置くものらしい。棒の長さは40cm、底辺の幅は12cmぐらいだそうです*6。
▼石抱き(Wikipediaより)
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■海老責は、背を丸めた状態で縛るものだそうです。「あぐらをかかせ後手に縛り上げ、両足首を結んだ縄を股をくぐらせて背から首の両側胸の前に掛け引いて絞り上げ縄尻を再び両足に連結して緊縛する。顎と足首が密着する二つ折りの姿勢となって床に前のめりに転がった形となる」。
▼海老責
◇*HP「海老責 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%B5%B7%E8%80%81%E8%B2%AC&hl=ja&site=webhp&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjmot_t377VAhUCUrwKHfm9DgoQ_AUICigB&biw=1280&bih=629#imgrc=_&spf=1501889896449
姿勢が海老のようだから海老責。また、縄や姿勢で血行が妨げられ、身体が茹でた海老のような色に染まるから海老責。語源は定まっていないようです。
■釣責は、後手に縛って空中に釣る方法らしい。
▼釣責
◇*HP「釣責 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E9%87%A3%E8%B2%AC&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiDyMXV4b7VAhVKbbwKHZmnAUEQ_AUICigB&biw=1280&bih=629#imgrc=_&spf=1501890380457
■公式に認定された方法のうち、容疑者に最初に使われるのは笞打ちと石抱きだそうです。海老責や釣責はそのあとに控えていたらしい。
■海老責と釣責は、処された最初のうちはそれほど痛かったり苦しかったりするわけではないそうです。ジワジワと効いてくるらしい。やがて尋常ならざる苦痛にさらされることになり、最後は死に至るらしい。現代の常識で考えても、どちらもエコノミック症候群を引き起こす状態です。血栓ができて死んでしまいそうです。
■本日のクイズは、海老責という拷問の考案者はどんな人物かという問題です。この拷問は、ある有名な盗賊を自白に追い込んだ方法としても知られています。その盗賊は拷問の辛さを恨みます。放火の罪もあったので火炙りに処されたようですが、絶命する直前に考案者の名前を叫んだと言われています。さらに考案者の一家には、処刑された盗賊の呪いがあり、さまざまな不幸が続けざまに起こった…という怪談まがいのお話まで伝えられているらしい*5。
■では、海老責を開発した人物は、どんな人だったでしょうか? 下の選択肢から選んでください。
[い]武士
[ろ]町人
[は]農民
[に]僧侶
[ほ]河原者(歌舞伎役者)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)































★歴史★
正解:[い]武士
説明:中山勘解由(カゲユ)という盗賊改の役人だったらしい。試された盗賊は鶉権兵衛(うずら ゴンベエ)という悪党だそうです。10人ほどの手下を連れ、放火をして騒ぎになったところで少し離れた大店などに強盗や盗みに入るという手口だったらしい。
■しぶとい奴だったらしく、他の拷問では白状しなかったらしい。「ここで勘解由は、考案した海老責という拷問を初めて試した。権兵衛は責めに屈して、ついに白状したが『御仕置裁許帳』には「去年(天和2年、1682年)12月28日と今年(1683年)正月に谷中の火事の際、各所へ火を付けたことを白状した」という簡単な罪状だけが記されている」とのこと*5。
■なお、石抱きの拷問は、横田源太郎という人物が考案したらしい。脛にあたる三角の棒のことを横田棒と呼んで罪人たちが恐れた…というお話が参考資料*6に掲載されていました。
◆参考*1:HP「拷問 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%B7%E5%95%8F#.E8.BF.91.E4.B8.96
◇*2HP「公事方御定書 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E4%BA%8B%E6%96%B9%E5%BE%A1%E5%AE%9A%E6%9B%B8
◇*3HP「中山直守 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E7%9B%B4%E5%AE%88
◇*4HP「海老責 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E8%80%81%E8%B2%AC
◇*5HP「鶉権兵衛 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B6%89%E6%A8%A9%E5%85%B5%E8%A1%9B
◇*6書籍「大江戸かくれ話事典」初版165〜168頁、平田公(ひらた こう)著、ISBN4-7947-0288-4、叢文社
◇*7HP「鬼平犯科帳 彩色 江戸名所図解」
http://chuukyuu.info/shimizumon/sanko/osadamegaki/sanko_osadamegaki.html

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