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zoom RSS 江戸時代の旅の交通費。馬で行くのと駕籠で行くのではどのぐらいの差があったの?

<<   作成日時 : 2017/08/09 07:30   >>

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★歴史★
問題:江戸時代の後半から庶民の旅が盛んになっていきます。江戸の住人も伊勢参りに出かけます。そこまで遠出ができない人たちも、大山詣りや高尾山ぐらいは楽しみます。落語の「大山詣り」でもおなじみですね。
■大山阿夫利神社(アブリジンジャ)は現在の神奈川県伊勢原市にあります。神田の八丁堀駅から徒歩片道67.3kmとグーグルの地図では言っています。もちろん日帰りはできませんが、3泊もすればなんとか往復できるかもしれません。高尾山も57kmほどあるらしい。3泊は必要だったのかな。
■比較的近い場所に旅行する場合には、昔は交通費が要りませんでした。電車やバス、高速道路などがありません。ひたすら歩いて行くのですから当然です。でも伊勢参りとなると、大井川の渡しや宮宿と桑名の「七里の渡し」の船賃など、交通費が必要になっています。
■また、最低でも20日ほどはかかる旅行です。疲れた際には、駕籠や馬の背に揺られて行きたいこともあるでしょう。落語の「三人旅」などでも紹介されるように、ボラレないように最大限の注意を払いつつ、交通費を支出して体力を温存したようです。口絵は歌川広重の「東海道五十三次」、戸塚宿の場面です。見にくいかもしれませんが、左側で馬から降りる男性の姿が描写されています。絵をクリックすると大きく見えるかもしれません。
■では、19世紀の初めごろ、文政年間の東海道の旅行では、駕籠と馬の料金では、どのぐらいの差があったのでしょうか? 4里(約15.7km)を行く場合の料金でお考えください。
[い]駕籠の料金は馬の16倍ほどだった
[ろ]駕籠の料金は馬の8倍ほどだった
[は]駕籠の料金は馬の4倍ほどだった
[に]駕籠の料金は馬の2倍ほどだった
[ほ]駕籠の料金は馬よりも高かったが、おおむね1.5倍程度だった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]駕籠の料金は馬の4倍ほどだった
説明:参考資料*1によれば、文政(ブンセイ)元年(1818年)〜文政(ブンセイ)13年(1830年)ごろの東海道の交通費は、駕籠の場合で600文。馬の場合はだいぶ幅があって120〜180文ぐらいだそうです。120文とすると5倍。180文の場合ですと、3.3倍ぐらいになります。当時の人件費ですからかなり安いのでしょうけれど、それでも駕籠は贅沢な乗物らしい。
■馬の場合は、帰り馬が利用できたと考えられます。物品を運んだ帰り道、何も運ばないぐらいなら、安くても人を乗せて行くほうが得です。馬子と話がつけば、安く乗れたのでしょう。
■文政時代では銭6000文が金1両に相当するらしい。計算しやすいように1両=6万円と仮定すると、駕籠の料金600文は現代の6000円。馬は1200〜1800円になります。
■東京駅から中央線の荻窪駅までは約4里、15km弱だそうです。この距離を昼間、高速を使わずにタクシーで行くと、6000円弱になる…とタクシー料金計算サイトでは言っています。不思議と駕籠の料金に似ていますね*2。
◆参考*1:書籍「日本史こぼれ話近世近代 正編」新書初版40〜41頁、笠原一男・児玉幸多編、ISBN4-634-60340-3、山川出版社
◇*2HP「タクシー料金を調べる タクシーサイト」
http://www.taxisite.com/far/

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