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zoom RSS 進化論の父と呼ばれたダーウィン。初めは反進化論者だったの?

<<   作成日時 : 2017/07/18 07:37   >>

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★科学★
問題:19世紀の初頭まで、西洋では神様が大きな顔をしていたようです。日常生活だけでなく、学問の世界も牛耳っていたらしい。ご存知のとおり、ガリレオが唱えた科学的・合理的な仮説はローマ教会の権威によって曲げられてしまいました。生物学や考古学でも同様です。神は万物の創造主であり、地上のあらゆるものは神がおつくりになられた。そんな通説がまかりとおっていました。キリスト教の史観では、世界が出来てから4000年しか経っていないという話もあったらしい。
■これに反対し、進化論に似た主張をしていたのがフランスのジャン・バティスト・ラマルクという学者らだそうです。たとえばラマルクはふたつの仕組みによって生物は変化すると考えたらしい。複雑さへ向かおうとする生物生来の欲求。そして環境適応など、後天的に得た特徴のつぎの世代への遺伝だそうです。
■「後天的に得た特徴が次の世代に遺伝する」というのは、現代においてはちょっと認めがたいところでしょう。実際に反証もあります。月下の1000本ノック。血のにじむような練習で名人級の三塁手となった長嶋茂雄の特徴は、遺伝子を受け継いだはずの息子さんには伝わらなかったようです。
■1859年(安政(アンセイ)6年)にチャールズ・ダーウィンの「種の起源」が発表されます。進化論は大きな論議を呼び、宗教家や保守系の学者を中心に反対の声も喧しかった(かまびすしかった)ようです。でも数十年の歳月は必要でしたが、結局のところ、突然変異や適者生存の考え方は定着します。現代の生物学では、疑いようのない大前提として進化論が認められています。
■ただし、ビーグル号に乗って5年間の航海を体験するまでのダーウィンは、「種の起源」を書いたときとは少し違う考え方をしていたようです。では、それは次のどのような考え方だったのでしょうか?
[い]もともと地質学者であり、生物学にはまるで関心がなかった
[ろ]インテリジェント・デザインという説を支持していた。「知性のある何者か」によって世界は作られたという考えだった
[は]ラマルクの説を支持していた
[に]用不用説「使うものは発達し、使わないものは退化する」という説を支持していた
[ほ]適者生存は認めていたものの、突然変異は認めていなかった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★科学★
正解:[ろ]インテリジェント・デザインという説を支持していた。「知性のある何者か」によって世界は作られたという考えだった
説明:チャールズ・ダーウィンは1809年(文化(ブンカ)6年)に裕福な知識階級に生まれ、1831年(天保(テンポウ)2年)にビーグル号に乗船し、1836年(天保(テンポウ)7年)まで南米の測量や探査を行ない、最後にガラパゴス諸島に寄って帰ってきました。
■参考資料*1によれば、ダーウィンは地質学や自然科学に興味を持ってはいたものの、いずれは田舎町の聖職者になるつもりだったらしい。「…『インテリジェント・デザイン』という反進化論ともいえる説を信じていた。つまり、生物の環境適応を支配する法則は知性のある何か(創造主) によって決定されたという考えだ」。
■ケンブリッジ大学の恩師からフィッツロ船長のビーグル号に乗船してはどうかと勧められたそうです。ダーウィンは乗り気になります。「航海に参加すれば、壮大な計画にもとづいた創造主の仕事の一端をかいま見ることができる」と考えたらしい。田舎町の教会で説教するときのネタを大量に仕入れられるという目論見かな。
■父親が猛反対しますが、叔父さんが父親を説き伏せてビーグル号への乗船が決まったそうです。もしそのまま諦めていたら、ダーウィンの進化論は、世の中に登場しなかったわけですね。南米大陸やガラパゴスで「インテリジェント・デザイン」説では説明のつかないさまざまな化石や生き物に触れ、ダーウィンは少しずつ進化論に近づいていきます。
■ダーウィンはさまざまな標本をイギリスに持ち帰りますが、整理が雑で、どの島、どの土地で入手したものかはさっぱりわからなくなりそうだったとのこと。ところが、フィッツロ船長ともう1人の乗組員がマメな人たちで、標本について大量の記録を残していたらしい。その助けもあって、ダーウィンは生物学上も大きな成果を挙げることができたと言われています。
■なお、ダーウィンの祖父にあたるエラスムス・ダーウィン(1731 〜1802 年、自然科学者・発明家) は、生物が変化するという考え方の土台になる進化論についての詩を書いていたそうです。なかなかの学者・合理主義者だったようですね。お爺さんの獲得形質が隔世遺伝したのかも。ありえないか。
◆参考*1:書籍「図説 世界史を変えた50の動物」初版96〜99頁、エリック・シャリーン著/甲斐理恵子訳、ISBN978-4-562-04800-7、原書房
◇*2HP「チャールズ・ダーウィン - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3
◇*3HP「進化論 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96
◇*4HP「ジャン=バティスト・ラマルク - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%83%90%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF

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