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zoom RSS 血の臭いが物凄いバートリ・エルジェーベト。いつごろの女性なの?

<<   作成日時 : 2017/03/08 07:43   >>

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★歴史★
問題:現在のハンガリーあたりに昔住んでいた女性でバートリ・エルジェーベトと呼ばれる女性がいます。彼女は支配階級に属していましたが、地域の人々にはけっして歓迎されないタイプの人物だったようです。
■彼女の名前は、西欧では長く歴史に刻まれています。なぜでしょうか。その犯した罪が途方もなく大きなものだったかららしい。最低でも数十人。いちばん多い見積もりでは650人という若くて健康な女性を殺したとされています。すべて彼女やその夫が治めていた地域の女性です。驚くべきことに、被害者たちは血を抜かれ、その血は浴槽に溜められ、エルジェーベトがそこに漬かって湯浴みしたと言われています。
■なぜそんな猟奇的な行為に走ったのでしょうか。美容のためらしい。美貌の誉れ高い女性でしたが、子供を4人も産んだあとでは、さすがにその美しさに翳りが見えてきたそうです。
■ある日、侍女がヘマをしでかします。カッとなったエルジェーベトは暴力を振るいます。侍女の皮膚が切れてわずかに出血したらしい。侍女の血液がついた肌をぬぐいながら、ふと妙なことに気付きます。その箇所だけは、いままでより皮膚に張りがあるように感じられます。気のせいだと思うけどな。
■肌の張りを支えているのは、コラーゲンやエラスチンと呼ばれる物質だそうです。21世紀ならばこうした物質を身体の外側から塗ったり、内側に摂取したりすることでアンチ・エイジングするかもしれません。それでもなかなか効果は出ないものですけど。
■エルジェーベトの生きていた時代には、科学的な知識は行きわたっていなかったらしい。若い健康な女の血を塗れば、自分にその若さが宿るのだ。そんな誤った考えに取り憑かれたエルジェーベトは、その日から領内の若い女性を拉致してきては豊富な食べ物を与えます。生け贄は太れば太るほどいい血がでるとエルジェーベトは信じていたようです。ヘマをした侍女もポッチャリだったのでしょうか。
■ではここで問題です。自分の美しさを保つためならば、他人の生命を奪うことも躊躇しないエルジェーベトは、いつごろ生きていたのでしょうか。次の女傑たちのうち、エルジェーベトとほぼ同時代を生きた人を1人選んで下さい。
[い]クレオパトラ(紀元前1世紀)
[ろ]則天武后(7〜8世紀)
[は]北条政子(12〜13世紀)
[に]淀君(16〜17世紀)
[ほ]西太后(19〜20世紀)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]淀君(16〜17世紀)
説明:バートリ・エルジェーベトは、1560年(永禄(エイロク)3年)に生まれ、1614年(慶長(ケイチョウ)19年)に亡くなりました。日本で言えば、桶狭間の戦いの年に生まれ、大坂冬の陣の年に他界したらしい。
▼バートリ・エルジェーベト
◇*HP「バートリ・エルジェーベト - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%88&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjjjp7qj9PQAhUMOrwKHdK9BewQ_AUICCgB&biw=1097&bih=537#imgrc=_
■エルジェーベトはハンガリーの人です。この地域では、日本などの東アジアの国と同じように、姓のほうが前、名前が後に来るらしい。バートリが姓であり、エルジェーベトが名前だそうです。他にエリーザベト・バートリ/エリザベート・バートリといった表記もあるようです*2。こちらは欧米風の呼び方なのかな。仇名としては「血の伯爵夫人」などとも呼ばれていたらしい。
■エルジェーベトは、美容法として人を殺しただけではなかったようです。殺す過程を楽しむという加虐趣味にまで入り込んでいたらしい。たとえば、零下10度を越えるような真冬の寒さのなか、若い女性を全裸にして湖の脇に立たせ、冷たい水をどんどん掛けたそうです。初めは体温がありますが徐々に水は凍り付くらしい。最後には女性は氷の像になってしまったそうです*2。ホントかな。
■はじめは下層階級の娘だけを被害者に選んでいたエルジェーベトですが、やがて貴族の娘にも手を出すようになったらしい。悪事は露見し、1610年(慶長(ケイチョウ)10年)に裁判にかけられたそうです。彼女自身の記録によれば650人。裁判で認定された数は80人。ハンガリー王らの認識では300人の被害者がいたようです。判決は終身刑だったらしい。永山(ながやま)基準でいえば死刑が妥当でしょう。名門の女性なので罰一等を減じられたのかな。3年あまりのちに監禁された城で絶命したようです。
◆参考*1:HP「バートリ・エルジェーベト - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%88
◇*2書籍「世界悪女大全」文庫初版34〜39頁、桐生操(みさお)著、ISBN4-16-767984-1、文藝春秋社

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