町人思案橋・クイズ集

アクセスカウンタ

zoom RSS ローマの初代皇帝アウグストゥス。家康とおなじように蜘蛛(くも)が嫌いだったの?

<<   作成日時 : 2017/01/21 09:09   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
★歴史★
問題:歴史の授業で習うところでは、ジュリアス・シーザー(カエサル)の親戚であり養子であるオクタヴィアヌス、のちに何度か改名して最終的にアウグストゥスと呼ばれる人物は、紀元前27年にローマの初代皇帝に就任します。口絵の立像がアウグストゥス氏だそうです(Wikipediaより)。
■内政に力を入れてローマを美しい都にすることに尽力したらしい。豪奢な建物をいくつも建造します。「私は煉瓦造りのローマを受け継いで、大理石のローマにした」という言葉を残したそうです。日本人の感覚では煉瓦造りでも立派です。東京駅もそうですね。日銀本店旧館の本館も煉瓦造りだそうです(ただし表面には花崗岩を貼り付けているらしい)。大理石というと、銀座その他繁華街の水商売系雑居ビルとか、吉原や他の地域の高級泡御殿の入口付近を思い出してしまいますけど。
■アウグストゥスは、カレンダーにも名前を残しています。8月は英語でAugustですが、これはアウグストゥスに由来するとのこと。ちなみに7月はJulyですが、こちらは養父でもある大伯父ジュリアス・シーザー氏の名前に由来していると言われます。
■東ローマ帝国(395〜1453年(享徳(キョウトク)2年))を含めると1500年ほどの長きにわたって命脈を保った帝国の初代皇帝です。聡明かつ勇敢かつ幸運な人物だったのでしょうね。
■本日は、歴史と暦に名前を残した男についての雑学です。次のうち正しい記述を選んで下さい。(正しい記述は無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]徳川家康同様に蜘蛛が嫌いなことは有名である
[ろ]信条は「時勢に応じて自分を変革しろ」である
[は]戦争が巧みで勝率は高かったが好きではなかった
[に]闘技場で闘士(グラディエーター)同士の決闘やアフリカの猛獣との闘技を見せる催しを数多く開いたことでも知られる
[ほ]養父カエサルと同様に56歳で亡くなった。
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]が正しい
説明:[い]徳川家康同様に蜘蛛が嫌いなことは有名である(×)
■正しくは「雷が嫌い」だそうです。当時は海豹(あざらし)の皮が雷よけのお呪(まじな)いと考えられていたらしい。いつも肌身離さず持っていたそうです*1。
□たしかに落雷は恐い。神様に罰せられたような気分になりますね。でも数字で見ると被害者はかなり少数です。Wikipediaの落雷の項によれば日本では年間20人ぐらいが落雷を受けており、世界の平均では受けた方の30%が亡くなると記されています。ちなみに蜂に刺されて亡くなった方は平成27年(2015年)の1年間で23人いたらしい(厚生労働省人口動態調査)。蜂のほうがだいぶ危険性が高いのかな。
[ろ]信条は「時勢に応じて自分を変革しろ」である(×)
■この信条は坂本龍馬氏のものらしい。アウグストゥスの信条は「ゆっくり急げ」だそうです。
□余談です。ちょっとだけ有名人の信条を調べてみたら、「人間が想像できるもので、人間が実現できないものはない」なんていう言葉を座右の銘にしている人もいるらしい。残念ながらこれは事実に反します。甲子園では50校近くが代表として登場します。ほとんどの選手は2週間後に深紅の優勝旗を掲げて行進する姿を想像します。でも、実現するのはわずかに1校のみです。宝籤の場合は多くの人が1等当選を夢見ていますが、100万分の1以下の確率でしか実現しません。不老不死も想像は可能ですが、実現できません。
□そんな詰まらない座右の銘よりも、素町人を含む多くの庶民の信条「棚から牡丹餅」のほうが、ずっと地に足のついた言葉だと思いますが。そんなこともないかな。
[は]戦争が巧みで勝率は高かったが好きではなかった(×)
■参考資料*3には次のように記されていました。「彼は戦争はあまりうまくなかった。カエサル暗殺者ブルートウスとカッシウスと戦った前42年のフィリッピの戦いの勝利はパートナーのアントニウスの指揮によることが多く、紀元前31年のアクティウムの戦いの勝利は部下の将軍アグリッパの力量と敵アントニウスとクレオパトラの自滅的行動のせいであった」。指導者は戦争に強くなくてもなれるようです。強い人物を起用すれば済むわけですね。
[に] 闘技場で闘士(グラディエーター)同士の決闘やアフリカの猛獣との闘技を見せる催しを数多く開いたことでも知られる(○)
■アウグストゥスは亡くなる直前に「業績録」という自分を褒める書物を作らせたらしい。現代の政治家や芸能人たちも回顧録を書きたがりますが、ローマ時代にその萌芽は見られたのかな。
□「業績録」によれば、自分の名や子供、あるいは孫の名を冠した闘士の大会を5回行なったそうです。アウグストゥス杯最強グラディエーター大会などという催しなのかな。この見世物で戦った闘士は総計約1万人とのこと。何人の闘士がコロセウムのグラウンドを血で染めたのでしょうか。
□さらにアフリカの猛獣との戦いを見世物にすること26回を数えたらしい。3500頭の野獣が殺されたそうです*3。人道主義からも動物愛護の観点からも、あまり褒められない催しですね。
[ほ]養父カエサルと同様に56歳で亡くなった(×)
■シーザーはたしかに56歳で亡くなりましたが、アウグストゥス氏は紀元前63年9月23日に生まれ紀元後14年8月19日に亡くなっているそうです。満76歳と11ヶ月に近いご長寿です。当時としては珍しいことだったかもしれません。
◆参考*1:書籍「西洋人物こばなし辞典」初版7〜9頁、三浦一郎編、ISBN4-490-10218-6、東京堂出版
◇*2HP「アウグストゥス - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%B9
◇*3書籍「世界人物逸話大事典」初版13頁、朝倉治彦・三浦一郎編、ISBN4-04- 031900 -1、角川書店
◇*4HP「厚生労働省:平成21年度「不慮の事故死亡統計」の概況:統計表」
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/furyo10/03.html

ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ローマの初代皇帝アウグストゥス。家康とおなじように蜘蛛(くも)が嫌いだったの? 町人思案橋・クイズ集/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる