「孫子の兵法」の著者孫武(ソンブ)の逸話。王様お気に入りの美女2人を斬ったのは何のため?

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★歴史★
問題:「孫子の兵法」という言葉をご存知でしょう。紀元前500年頃、呉という国に仕え、勢力拡大に寄与したといわれる孫武(ソンブ)という人物が書き残した兵法書だそうです。「孫子の兵法」以前は、戦いは天の運に左右されるという考えも強く残っていたらしい。孫武は戦争の勝敗は人が何を為すかによることを知り、勝利を得るためには何をすべきか、後世の軍人たちの指針にすべく、自分が経験から得た知識を理論化したらしい。
■孫武が呉に就職する際の逸話です。孫武は能力を見せてくれと呉の王様にいわれ、あることをし、結果として王のお気に入りの侍女2人を斬ってしまうことになります。この王様のリクエストとは具体的にはどんなことだったのでしょうか。
[い]敵国に内通しているスパイを探しだしてくれという要望に応えた
[ろ]呉を軍事強国にする際に障害になることを指摘してくれという要望に応えた
[は]軍隊の指揮ぶりを見せてくれという要望に応えた
[に]軍人を養成するコツを教えてくれという要望に応えた
[ほ]軍の規律を守らせるにはどうするか教えてくれという要望に応えた
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]軍隊の指揮ぶりを見せてくれという要望に応えた
説明:呉の王様は、「軍隊の指揮ぶりを婦人たちを使ってみせてくれ」と要望したそうです。宮中の美女180人を借りて2つの部隊に分け、王のお気に入りの侍女2人をそれぞれの隊長に任じます。皆に武器を持たせたらしい。
■孫武は簡単な命令を覚えさせます。「前へ/後ろへ」とか「右へ/左へ」といった指示で部隊を動かそうとしたらしい。ところが、女性たちは遊びだと思ったらしい。孫武が何回指示を出しても笑いこけるばかりで従おうとしなかったようです。
■頭にきたのでしょうか。孫武は、「命令がはっきりしているのにそれに従わないのは指揮者の責任だ」といって、王の目前で2人の隊長を斬り捨てたそうです。そして別の女を隊長としました。
■それ以後は、誰1人として勝手に喋ったり笑ったりする者はいなくなり、きわめて短時間で統率のとれた行動ができるようになったそうです。
■事実かどうかはわかりません。もしホントなら、孫武の行為を許した呉の王様もなかなかの人物ですね。結果として呉は強大な国になれたようです。ちなみに、参考資料*2によれば、王様はかなりご機嫌斜めだったようですが。
■なお、孫武が仕えた王様は闔閭(コウリョ)という人だったらしい。長い仇敵、呉越の戦いに登場する人物です*1。
◆参考*1:HP「戦前の決まり文句。「天勾践(こうせん)をむなしうするなかれ」。どんな意味なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201504/article_20.html
◇*2HP「孫武 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E6%AD%A6

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