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zoom RSS 権威は無視。実力頼みで豪奢な暮らしぶり。婆娑羅(ばさら)大名とはどんな人なの?

<<   作成日時 : 2016/11/16 08:18   >>

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★歴史★
問題:鎌倉時代末期から南北朝時代に生まれた婆娑羅(バサラ)という社会風潮、文化的流行があるそうです。世は乱れています。頼るのは自分の武力だけです。天皇だとか公家といった権威や共同幻想は無視します。それどころか、嘲笑し軽侮したようです。道徳なんか糞喰らえ。粗暴きわまりないけど華美な出で立ちに豪奢な暮らしぶり。刹那的だけど豪快で裏はない。それが婆娑羅のようです。
■「太平記」は、文保(ブンポウ)2年(1318年)〜正平(ショウヘイ)23年[南朝](1368年)までの約50年間を描く軍記物語だそうです。同時代の婆娑羅大名らの振る舞いが記されているらしい。「ばさらが原因で国が乱れる」などと否定的だそうです。乱世に生まれた徒花(あだばな)と言いたいのかな。
■婆娑羅大名の代表といわれる人物が何人かいるそうです。では、下の5人のうち、婆娑羅大名として知られるのは誰でしょうか? (婆娑羅大名とされる武将はいないかもしれないし複数かもしれません)
[い]高師直(こうのもろのお)
[ろ]磯野員昌(かずまさ)
[は]土岐頼遠(よりとお)
[に]石黒成綱(なりつな)
[ほ]佐々木道誉(ドウヨ、高氏(たかうじ)とも)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]高師直(こうのもろのお)と [は]土岐頼遠(よりとお)、 [ほ]佐々木道誉(どうよ、高氏(たかうじ)とも)の3人
説明:[い]の高師直は、ご存知のように「仮名手本忠臣蔵」の悪役の名前です。忠臣蔵の物語の中では、元禄時代に実在した吉良上野介(キラこうずけのすけ)に擬されています。口絵は、昔は足利尊氏像と思われていましたが、最近では高師直かもという意見も出ている肖像画です。
■実在の高師直も塩谷高貞(エンヤ たかさだ)の美貌の妻に横恋慕し、「徒然草」の吉田兼好(けんこう)に命じて恋文を書かせ、コクったようですが、あっさり袖にされます。怒った高師直は塩谷高貞に謀反の罪を着せ、塩谷一族を討伐してしまったらしい。このお話の一部が「仮名手本忠臣蔵」にも使われたそうです。
■高師直は足利尊氏(たかうじ)の執事だったらしい。政権のナンバー2として軍事面、政治面で大きな権力を握っていたようです。足利尊氏の弟、直義(ただよし)と折り合いが悪かったらしい。直義の側近の讒言(ザンゲン、嘘の密告)で執事職を解任された際には、京都の直義邸を襲撃します。逃げ出した直義が尊氏邸に匿われていると知ると、主人のはずの尊氏邸をも包囲し、身柄引き渡しを要求しています*4。大胆不敵な人物ですが、最後には直義派の連中に一族もろとも殺されたらしい。
■高師直は天皇家の権威もずいぶんと軽んじていたらしい。「王(天皇)だの、院は必要なら木彫りや金の像で作り、生きているそれは流してしまえ」と発言したと「太平記」には記されているようです*4。
■[は]の土岐頼遠は興国(こうこく)3年[南朝](1342年)に光厳(こうごん)上皇が乗っていた牛車に対して無礼を働いたらしい。ふつう天皇や上皇の乗物は優先され、他の者は馬から下りて控え、通り過ぎるのを待つらしい。ところがちょっと酔っていた土岐頼遠は、「畏れ多くも(おそれおおくも)院の御幸(ゴコウ)であるぞ」と聞かされると「何院といふか、犬といふか、犬ならば射て落さう」といって牛車に矢を射かけたらしい。
■さすがにこの振る舞いは問題視され、土岐頼遠自身は処刑されてしまいます。でも助命嘆願が数多く出されたこともあり、遺族はその後も領地を安堵されたらしい。
■[ほ]の佐々木道誉は、室町幕府初期に6ヶ国の守護を兼ねた武将らしい。ある日、野山に遊んだ一族は妙法院という寺の前を通りかかります。紅葉が綺麗だったので、下郎に折らせたらしい。たまたま坊さんたちが秋の景色を楽しんでいたところだったようです。紅葉を折らすなと法師たちに命じたらしい。佐々木道誉の下郎は反発してさらに大きな枝を折ろうとしたので、法師たちは下郎を袋だたきにして門前に放り出したようです。
■佐々木道誉は激怒し、300余騎で押し寄せて妙法院に火を放ったそうです。今度は山門のほうが激怒し、公家に訴え出ます。でも公家連中は武家を恐れて何もできません。坊さんたちは最後の手段として、神輿を皇居へ担ぎ込むという強訴(ゴウソ)に出たらしい。さすがにこれは無視できず、道誉を流刑に処することに決したようです。
■「道誉には近江の国分寺まで、若党200余騎が見送りの為めに従つていつた。其者共には皆猿皮を靱(うつぼ)に懸け、猿皮の腰当をさせ、手には鴬籠(ウグイスを入れたカゴ)を持たせた。道中では酒宴を催し、宿々では遊女を弄んだ。其有様が普通の流人(ルニン)とは異つて、如何にも美々しく豪勢に見えた」といった記述が「太平記」にはあるらしい。大名旅行に出かけるみたいな雰囲気だったようです。この時代は「好き勝手やるべし」という空気が充満していたのでしょうか。乱暴ではありますが、ちょっと魅力的な連中ですね。
◆参考*1:HP「ばさら - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%81%95%E3%82%89
◇*2HP「婆娑羅大名」
http://www.page.sannet.ne.jp/gutoku2/basara.html
◇*3HP「太平記」
http://www.j-texts.com/yaku/taiheiky.html
◇*4HP「高師直 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B8%AB%E7%9B%B4
◇*5HP「土岐頼遠 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%B2%90%E9%A0%BC%E9%81%A0
◇*6HP「佐々木道誉 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E9%81%93%E8%AA%89

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