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zoom RSS 【18歳未満お断り】美人画・春画の頂点を極めた喜多川歌麿。写楽とは無二の親友だったの?

<<   作成日時 : 2016/10/12 08:52   >>

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★歴史★
問題:生まれて初めて喜多川歌麿の名前を知ったのは、小学校3年ぐらいだったでしょうか。昭和30年代後半、当時、小学生の間でも切手収集が流行していました。みんな型録を眺めたりしていたものです。「月に雁」とか「市川海老蔵」、そして「ビードロを吹く女」は、横綱級のお値段でしたね。小学生には雲の上の存在でした。
■次に知ったのは、思春期だったかな。西洋には日本人=巨根という伝説があるという話を聞いたときでした。西洋の女性たちは、ウタマロの春画を眺め、美しい誤解をなさったようです。下の春画は強姦の場面だそうですが、誇張された男根なのに臨場感が凄いですね。
▼歌麿の描く乱暴な男性
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■本日は北斎や広重と並んで江戸時代後期を代表する画家、喜多川歌麿についての雑学クイズです。下に並ぶ歌麿についての説明のうち、正しい記述はどれでしょうか。(正しい記述は無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]代々鳶職の家に生まれ、根っからの江戸っ子だった
[ろ]美男美女を描いたので当人も美男かと思われがちだが、実際には醜男だった
[は]喜多川という姓は、版元の蔦屋重三郎からもらった
[に]いわゆる「判じ物」の絵師を軽蔑し、いっさい関わらなかった
[ほ]同時代の謎の絵師、東洲斎写楽と無二の親友だった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]と[は]が正しい
説明:[い]代々鳶職の家に生まれ、根っからの江戸っ子だった(×)
■参考資料*1によれば、寛政(かんせい)2年(1790年)、歌麿が38歳のころ、近親者とおぼしき女性が亡くなったとのこと。菩提寺がないので神田白銀町の笹屋五兵衛という檀家の世話で専光寺に葬った…といった記述が浅草専光寺(センコウジ)の過去帳に見られるそうです。
□家族を葬ろうにも江戸に菩提寺がない。それは歌麿の生まれが江戸でないことを示しているらしい。そこまでは推測できるようです。ではどこの出身かというと、現在でもはっきりとはわからないそうです。生家の稼業なども不明らしい。なお歌麿は宝暦(ほうれき)3年(1753年)に誕生したと伝えられています。
□なお専光寺は江戸初期の創建当初は品川にあり、その後馬喰町(バクロウチョウ、中央区日本橋)に移転し、明暦(めいれき)3年(1657年)の明暦の大火後に浅草新寺町に移ったらしい。さらに関東大震災後に烏山(からすやま、世田谷区)に移転したようです。喜多川歌麿の墓もここにあり、専光寺は歌麿寺の通称もあるらしい。歌麿は文化(ぶんか)3年(1806年)に満53歳ぐらいで他界したようです。
▼専光寺の歌麿の墓
◇*HP「専光寺 歌麿 墓 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%B0%82%E5%85%89%E5%AF%BA&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjZtKvs1N3NAhUKI5QKHR7BARIQ_AUICigD&biw=1188&bih=646#hl=ja&tbm=isch&q=%E5%B0%82%E5%85%89%E5%AF%BA%E3%80%80%E6%AD%8C%E9%BA%BF%E3%80%80%E5%A2%93&imgrc=L_UgmZ50qow6lM%3A
[ろ]美男美女を描いたので当人も美男かと思われがちだが、実際には醜男だった(○)
■歌麿の美人画、春画は、単に姿を描写するだけでなく、女性の内面の心の動きまで描き出している…と美術評論家たちは語ります。女性心理に明るいということは、感情的な交流も多く重ねたのではないか。ということはなかなかの美男子だったのかしらん。そんな推測も可能です。
□でもそれは早とちりらしい。ある藩の奥女中が歌麿の描いた美男子に心を奪われたそうです。登場人物は作者に似るというし、画家もきっと美男子に違いない。勘違いした奥女中は仲人を立て縁談を申し込んだらしい。
□首尾良く嫁入りしてみると、歌麿は「醜貌(シュウボウ)はなはだしい」という男だったようです。作品中の美男子・美少年とは似ても似つかないご面相だったらしい。
□でも歌麿は情の細やかな人だったようです。奥女中はいったんは後悔したかもしれませんが、歌麿の画才と気持ちの優しさに惚れ、終生、妻として仕え、操を守り通したとのこと*1。めでたし。めでたし。
□それにしても、結婚する相手の顔を知らずに輿入れ(こしいれ)するというのは、現代の者からみると不思議ですね。自画像を送ってもらえばよかったのに。
▼同時代の浮世絵師鳥文斎栄之(チョウブンサイ エイシ)の描いた歌麿
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[は]喜多川という姓は、版元の蔦屋重三郎からもらった(○)
■喜多川歌麿は、もともと北川という姓だったと言われます。鳥山石燕(とりやま セキエン)という画家に弟子入りし、安永(あんえい)4年(1775年)ごろ、20歳そこそこで処女作を世に送りだしたようです。芝居本の挿絵だったらしい。天明(てんめい)時代(1781年〜1789年)に蔦屋重三郎(つたや ジュウザブロウ)の食客(ショッキャク、居候)になっています。
□蔦屋重三郎は歌麿の腕を見込んだようです。貧乏で美人画のモデルにも事欠く歌麿に画材を与えるために吉原に連れて行き、太夫遊びをさせたとのこと。見識を深めさせるという目的もあったらしい。お金のかかる教育ですね。同伴者である自分の楽しみもあったのかな。経費で落とせる…などという税務署向きの理由はなかったのかな。
□新進の版元だった蔦屋重三郎との出会いは、歌麿にとっては大きな人生の転機だったらしい。たまたま蔦屋の本姓が喜多川だったとのこと。キタガワつながりで喜多川と名乗るようになったと言われます*1。
[に]いわゆる「判じ物」を描く絵師たちを軽蔑し、いっさい関ろうとしなかった(×)
■これは逆です。美人画の中などでも、自ら判じ物を使っているそうです。たとえば寛政(かんせい)6年(1794年)前後に描かれたという「高名美人六家撰 難波屋おきた」という美人画です。
▼喜多川歌麿作「難波屋おきた」
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▼左上の囲み部分
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□左上の囲みの部分に、菜が2把。その下に矢。海の遠景。さらに田圃の風景が描かれています。な(菜)+にわ(2把)+や(矢)+おき(沖)+た(田)=なにわや(難波屋)おきた。歌麿の没後40〜50年、幕末に最盛期を迎える「判じ物」そのものですね*3。
[ほ]同時代の謎の絵師、東洲斎写楽と無二の親友だった(×)
■これも逆のようです。参考資料*1には次のような記述がありました。「『岩井粂三郎のおはんと市川八百蔵の長右衛門』という作品の時などは、絵の中でわざわざ東洲斎写楽の仕事を『わるくせを似せたる似づら絵』とこきおろし、それに比べて歌麿、この自分の絵は、『役者の美しい舞台顔と可愛らしい風情を描いて、江戸役者がじつに美しいということを、全国津々浦々に知らせようとするものだ』と自慢している」。「わるくせを似せたる似づら絵」とは、欠点を強調した似顔絵というほどの意味らしい。
□強力な競争相手として無視できない存在だったのでしょうか。写楽を強く意識していることがよくわかります。
◆参考*1:書籍「日本奇談逸話伝説大事典」初版261〜264頁、志村有弘(ありひろ)・松本寧至(やすし)編、ISBN4-585-06002-2、勉誠社
◇*2HP「喜多川歌麿 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D%E6%AD%8C%E9%BA%BF
◇*3HP「江戸時代に流行した謎々、判じ物(はんじもの)。口絵の地名はどこを意味しているの?【1】 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201602/article_4.html
◇*4HP「【18歳未満お断り】江戸時代の春画。「まねえもん」は誰が描いた傑作なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201404/article_8.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
歌麿が写楽であるという説もありましたね。
違うタイプを描きたいので別名を名乗ったという説です。
ねこのひげ
2016/10/16 21:14
コメントをありがとうございます。

 謎の絵師、写楽についてはいろいろな説があるようですね。歌麿=写楽説も面白い。
 もしそうなら、歌麿が写楽について悪口を言っているのは、一種の目くらましだったことになりますね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/10/16 23:10

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