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zoom RSS ランランが死んだ同じ日に昭和の大名人6代目圓生が死去。同様のことが歴史上にもあったの?

<<   作成日時 : 2016/09/04 06:21   >>

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★歴史★
問題:昭和54年(1979年)の今日、9月3日。20世紀でいちばん落語が上手かった…と多くの人が評する大名人、6代目三遊亭圓生(エンショウ)が亡くなりました。明治33年(1900年)9月3日生まれだそうです。生没同日です。満79歳ピッタリだったようです。24時間以上の過不足はありません。律儀な人です。
■三遊亭圓生が生まれた明治33年(1900年)の8月11日に、初代三遊亭圓朝が亡くなっています。圓朝は落語中興の祖であるだけではありません。「二葉亭四迷が『浮雲』を書く際に圓朝の落語口演筆記を参考にしたとされ、明治の言文一致運動にも大きな影響を及ぼした、現代の日本語の祖でもある」と、Wikipediaでは持ち上げています。圓朝没後1ヶ月も経たぬうちに生まれた圓生。ひょっとしたら6代目圓生は初代圓朝の生まれ変わりかもしれない…と落語愛好家の1人としては勝手な因縁話をつくりたくなります。
■それはさておき、圓生ほどの大物の死のわりには、一般紙の扱いは冷淡だったようです。一面に掲げられたのは、上野動物園の人気者パンダのランランの死だったらしい。圓生は間が悪かったのでしょうか。幸いにしてスポーツ紙は圓生のほうを大きく取り上げたそうですが。
■圓生とパンダのランランのように、同一の日に有名人(?)が2人亡くなるという例は、歴史上にもあったらしい。もちろん大規模な合戦の場合には、重臣数人がお殿様とともに討ち死にしたなんて例はいくらでもあるでしょう。関ヶ原の戦いでは大谷吉継(よしつぐ)とか島津豊久(とよひさ)ら10人ぐらいの大名が同日に討ち死に、あるいは切腹しています。
■チャンチャンバラバラのさなかでなく、畳の上で往生を遂げたのに、同日に死んだという例があるようです。たとえば三蹟の1人、書道の大名人藤原行成(ゆきなり/こうぜい)は、平安時代のある年の旧暦12月4日に亡くなりました。このとき、中央政界で活躍していたある人物も同日に亡くなったようです。では、その人物とは次の誰でしょうか?
[い]藤原時平(ときひら/しへい)
[ろ]菅原道真(みちざね)
[は]藤原道長(みちなが)
[に]藤原頼通(よりみち)
[ほ]九条兼実(かねざね)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]藤原道長(みちなが)
説明:藤原道長は、ご存知のとおり、閨閥(ケイバツ)を存分に利用して中央政界で最高権力を獲得した人物ですね。口絵の肖像画です。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」という傲慢な歌を詠み、後世の者の好感度を下げてしまいました。歌を詠んだのは53歳のころだったらしい。
■その後、心臓や肺の病を患い、視力も衰えていたようです。最晩年には2〜3尺(60〜90cmほど)離れると人の顔もわからなかったといいます。
■60歳のころには娘の寛子(かんし)、嬉子(きし)を失います。62歳のときには息子の顕信(あきのぶ)と娘の妍子(けんし)を失ったとのこと。まぁ昔の最高権力者ですから子沢山なのでしょうが、それにしても次々と亡くなっていくのは悲しかったでしょうね。
■自身も背中にできた腫れ物のせいで起き上がることすら苦痛だったらしい。当人も最期を自覚し、ひたすら念仏三昧でその時を迎えたようです。万寿(まんじゅ)4年12月4日(西暦1028年1月3日)に息を引き取ったとのこと。翌日の一般紙は藤原道長死去のニュースが一面トップかな。スポーツ紙のほうは藤原行成のほうの死亡記事が一面トップだったかもしれません。
◆参考*1:HP「三遊亭圓生 (6代目) - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%81%8A%E4%BA%AD%E5%9C%93%E7%94%9F_(6%E4%BB%A3%E7%9B%AE)
◇*2HP「藤原行成 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E8%A1%8C%E6%88%90
◇*3HP「藤原道長 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E9%81%93%E9%95%B7
◇*4書籍「日本史こぼれ話 古代・中世 続々編」新書初版93〜94頁、笠原一男/ 児玉幸多編、ISBN4-634-59310-6、山川出版社

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コメント(2件)

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道長は贅沢をし過ぎたんでしょうね。
最近では大橋巨泉さん、永六輔さん、テレビ界の創始者ともいうべき人たちがなくなってますね。
ねこのひげ
2016/09/05 05:03
コメントをありがとうございます。

 たしかに初期のテレビ業界を生きた人たちが次々と亡くなっています。
 でも大橋巨泉氏も永六輔氏も80歳を越えていたようですし、いわば天寿をまっとうした形ですね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/09/05 16:37

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