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zoom RSS 平安末期に流行したという銭の病(ぜにのやまい)。どんな病気だったの?

<<   作成日時 : 2016/07/09 07:39   >>

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★歴史★
問題:頼朝が鎌倉で挙兵する少し前あたり、治承(じしょう)3年(1179年)ごろから我が国では銭の病と呼ばれる病気が流行し始めたようです。不思議な名前の病気ですね。これはどんな病気だったのでしょうか?
[い]銭の亡者、守銭奴になってしまうこと
[ろ]貯めたお金が重すぎて家の床が抜けること
[は]浪費癖の別名
[に]マラリアの別名
[ほ]疱瘡(ほうそう、天然痘)の別名
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]疱瘡(ほうそう、天然痘)の別名
説明:天然痘は痘痕(あばた)が残ります。肌に穴があきます。当時の銭もみんな真ん中に穴があいています。穴の残る病気ということで、天然痘は銭の病と呼ばれたそうです*1。
■ちなみに、宋銭も国産の皇朝十二銭(コウチョウジュウニセン)も穴は四角いようです。ほとんどは銅の鋳物だそうです。冷めた段階でバラバラにして四角い鉄の棒に並べて通し、棒ごと回転させて鑢(やすり)を使い、鋳物の周囲のバリを落としたそうです。製造上の都合から真ん中に穴があり、かつ四角かったらしい。
▼銭は鋳物
◇*HP「銭 四角い穴 製造工程 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E9%8A%AD%E3%80%80%E5%9B%9B%E8%A7%92%E3%81%84%E7%A9%B4%E3%80%80%E8%A3%BD%E9%80%A0&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjOkeHi8uTNAhXEjpQKHcGBAngQ_AUICCgB&biw=1280&bih=626#hl=ja&tbm=isch&q=%E9%8A%AD%E3%80%80%E5%9B%9B%E8%A7%92%E3%81%84%E7%A9%B4%E3%80%80%E8%A3%BD%E9%80%A0%E5%B7%A5%E7%A8%8B&imgrc=0vSb5TQwU6UvhM%3A
■痘痕は最近はあまり見かけません。明治の昔でいえば文豪夏目漱石の顔には痘痕が多かったと聞きます。今でいえばブラックマヨネーズの太っていないほう、吉田敬(たかし)という芸人さんの顔に痘痕が見られるとのこと。
▼ブラックマヨネーズ
◇*HP「ブラックマヨネーズ - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%90%89%E7%94%B0%E6%95%AC&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwj_2P2j5OTNAhUEHpQKHezIAE4Q_AUICCgB&biw=1280&bih=626#hl=ja&tbm=isch&q=%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%A8%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%BA
■宋銭は12世紀後半、口絵の人物、平清盛が日宋貿易の振興を図るとともに我が国に本格的に流れ込んで来たようです。
▼宋銭
◇*HP「宋銭 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%AE%8B%E9%8A%AD&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjlsomX2_vLAhUleaYKHblwCGgQ_AUIBygB&biw=1536&bih=751
■流行病の原因そのものが宋銭だという変な噂がささやかれたそうです。たしかにお金はいろいろな人が触ります。場合によっては病原菌を媒介することもあるのかな。流行病と宋銭の普及。2つの現象がほとんど間を置かずに発生したため、因果関係を疑われたらしい。
■余談です。日本では、奈良時代から平安時代初期にかけて前述の皇朝十二銭(コウチョウジュウニセン)が鋳造されました。でもあまり流通しなかったらしい。平安時代の中期では、布(絹)とか米がお金の代わり、交換手段の役、代用通貨の役を果たしていたようです。宋銭の流入以前にも天然痘の流行はあったかもしれませんが、穴の開いた銭が流通していなかったためか、銭の病という呼び方はされなかったらしい。
■12世紀から今銭(コンセン)と呼ばれた宋銭の流入が始まります。最初は仏像を鋳造する銅の材料として輸入されていたらしい。熔かして使ったようです。でもそのうちに貨幣としての宋銭がジワジワと浸透していきます。
■朝廷や幕府は宋銭の流通を規制する姿勢をとったらしい。宋銭が流出して困っていた宋王朝も輸出を禁じたりしたようです。でも流れは止まりません。
■嘉禄(かろく)2年(1226年)に鎌倉幕府は宋銭の使用を認めたらしい。その4年後には朝廷も宋銭の使用を認めます。このころの土地売買の文書から、初めは代価として米で支払われることが多かったことがわかるようです。宋銭を認めたあとでは8〜9割は通貨で支払われるようになったらしい。日本も貨幣経済の世の中に変わっていったのかな。
◆参考*1:書籍「日本史こぼれ話 古代・中世 正編」新書初版122〜123頁、笠原一男/児玉幸多編、ISBN4-634-60330-6、山川出版
◇*2HP「宋銭 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%8B%E9%8A%AD

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コメント(2件)

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なるほど、穴が開くから銭の病ちはいい得て妙ですね。
江戸時代になるまで、宋銭しか銭として実用されてなかったのも不思議ですね。
ねこのひげ
2016/07/10 16:21
コメントをありがとうございます。

 たしかに不思議ですね。
 室町幕府も鎌倉幕府も自前の通貨を持とうとしなかったのかな。面倒臭かったのでしょうかね。それとも2つの武家政権には通用させるだけの信用力がなかったのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/07/10 21:40

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