町人思案橋・クイズ集

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zoom RSS 江戸時代に流行した謎々、判じ物(はんじもの)。口絵の地名はどこを意味しているの?【5】

<<   作成日時 : 2016/03/10 06:23   >>

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★日本語★
問題:判じ物は、絵で解く謎々です。江戸時代の後期には、天然色の出版物が流行しました。錦絵とも呼ばれます。多色刷りです。明和(めいわ)2年(1765年)ごろに誕生しています。以後の浮世絵は、おおむね錦絵になりました。葛飾北斎(ほくさい)や喜多川歌麿(うたまろ)など、今でもよく知られる浮世絵作家が活躍します。錦絵の判じ物も多く刷られたようです。
■口絵の判じ物は江戸の地名です。かなり難易度の高い問題です。右側、縞の着物を着ている人が拳固を固めて誰かに殴りかかろうとしています。よほど憎らしいらしい。殴られそうな人物の頭は火になっています。火が憎らしい→日暮らし→日暮らしの里→日暮里(にっぽり)。うん、これがわかる人はよほどの名探偵ですね。
■日暮里は、現在は荒川区の一部になっています。もともとは新堀(にいほり)だったらしい。「一日中過ごしても飽きない里」の意味で日暮里の字が当てられ、寛延(かんえん)2年(1749年)に正式な地名になったそうです。
◇*HP「日暮里駅 から 日本 日暮里駅 - Google マップ」
https://www.google.co.jp/maps/dir/%E6%97%A5%E6%9A%AE%E9%87%8C%E9%A7%85/%E6%97%A5%E6%9C%AC+%E6%97%A5%E6%9A%AE%E9%87%8C%E9%A7%85/@35.7282912,139.7004769,12z/data=!3m1!4b1!4m13!4m12!1m5!1m1!1s0x60188dd5ba0c2931:0xa06023b97dce83be!2m2!1d139.7705175!2d35.7283115!1m5!1m1!1s0x60188dd5ba0c2931:0xa06023b97dce83be!2m2!1d139.7705175!2d35.7283115?hl=ja
■この判じ物は、江戸時代の末期、歌川重宣(しげのぶ)という浮世絵師の作品「江戸名所はんじもの」の一部です。歌川重宣は初代歌川広重(ひろしげ)の弟子で2代目を継いだようです。初代広重は、「東海道五十三次」や「名所江戸百景」などの作品集で知られる絵師ですね*1。
■本日も、判じ物のクイズをお送りします。今回はやや難易度が高いでしょうか。答はみんな江戸の地名です。ほとんどが現在の東京の地名としても残っています。絵とヒントから地名を推理してみましょう。
▼[い]衣装は舞(まい)のものらしい
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▼[ろ]おじさんは何かに飽きたようです。現代の地名では1番下に「原」がつきます
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▼[は]助六先生のお住まいがあったらしい
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▼[に]菊人形の店が並んでいたらしい。落ちていくのは子供です
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▼[ほ]与力や同心がたくさん住んでいるのかな
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(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:各項目を参照してください
説明:■[い]舞(まい)を舞っている人物の顔・頭が蔵になっています。蔵舞い→蔵前です。ちなみに舞は水平方向の動きが多く、踊りは垂直方向の動きも含むようです。舞はどちらかの足が必ず舞台についているという噂も聞きます。競歩みたいなルールがあるのかな。例外もあるようで、YouTubeで観られる三番叟(さんばそう)の舞などは、頻繁にジャンプしたりする型もあるようですけど。
▼蔵前(くらまえ)
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□蔵前は両国に移転する前に相撲の殿堂、国技館があった場所ですね。江戸時代には幕府の御米蔵がありました。地名の由来になっているようです。
◇*HP「〒111-0051 東京都台東区蔵前 から 〒111-0051 東京都台東区蔵前 - Google マップ」
https://www.google.co.jp/maps/dir/%E3%80%92111-0051+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%8F%B0%E6%9D%B1%E5%8C%BA%E8%94%B5%E5%89%8D/%E3%80%92111-0051+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%8F%B0%E6%9D%B1%E5%8C%BA%E8%94%B5%E5%89%8D/@35.7051322,139.7191742,12z/data=!3m1!4b1!4m13!4m12!1m5!1m1!1s0x60188eb6457b566b:0xae69530149ee31a0!2m2!1d139.7892148!2d35.7051525!1m5!1m1!1s0x60188eb6457b566b:0xae69530149ee31a0!2m2!1d139.7892148!2d35.7051525?hl=ja
■[ろ]おじさんが伸びをしています。何かに飽きたようです。法被(はっぴ)の背には「は」の字が記されています。飽き+「は」=秋葉。現在でいえば秋葉原(あきはばら)です。
▼秋葉(原、あきはばら、あきばはら)
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□秋葉原は明治時代に火除け地として設けられたらしい。両国や上野、浅草の広小路と同様に、火災の延焼を防ぐための広場として使われたようです。江戸時代にも賑わっていた場所らしい。
◇*HP「秋葉原 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjrv6nV3J7JAhVk2qYKHcMcArwQ_AUICSgD&biw=1280&bih=632
■[は]竹の皮の上に花があります。なぜか砥石が置いてあり、濁点がついています。はな(花)+かわ(皮)+と(砥)+濁点=はなかわど。花川戸(はなかわど)。現代では台東区です。浅草寺の東側一帯ですね。
▼花川戸(はなかわど)
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◇*HP「〒111-0033 東京都台東区花川戸 - Google マップ」
https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92111-0033+%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%8F%B0%E6%9D%B1%E5%8C%BA%E8%8A%B1%E5%B7%9D%E6%88%B8/@35.7129203,139.7961359,16z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x60188ec46520e941:0xbe1af867bcaa2e5e?hl=ja
□花川戸の助六といえば、色男の代名詞です。美貌に恵まれているだけでなく、気っ風もいい。次回、産まれて来るときには、助六のような二枚目になりたいものです。
■[に]階段から子供が逆さまに落ちていきます。だん(段)+こ(子)+逆(さか)≒だんござか。団子坂。江戸時代から明治時代初めのころ、秋になると団子坂には多くの菊人形店が店を出したようです。
▼団子坂(だんござか)
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□余談ですが、階段やステップからの転落事故では毎年多くの犠牲者がでます。「人口動態統計」によれば平成25年(2013年)には680人が亡くなっているとのこと。団子坂の子供も大事に至らなければいいのですが。
◇*HP「団子坂下(バス) から 団子坂下(バス) - Google マップ」
https://www.google.co.jp/maps/dir/%E5%9B%A3%E5%AD%90%E5%9D%82%E4%B8%8B%EF%BC%88%E3%83%90%E3%82%B9%EF%BC%89/%E5%9B%A3%E5%AD%90%E5%9D%82%E4%B8%8B%EF%BC%88%E3%83%90%E3%82%B9%EF%BC%89/@35.7247597,139.6929594,12z/data=!3m1!4b1!4m14!4m13!1m5!1m1!1s0x60188dd273788eed:0x64593d550df73da0!2m2!1d139.763!2d35.72478!1m5!1m1!1s0x60188dd273788eed:0x64593d550df73da0!2m2!1d139.763!2d35.72478!3e2?hl=ja
■[ほ]幟(のぼり)が立っています。幟は上が切れているのかな。下だけです。柄は8頭の蝶々です。はち(八)+ちょう(蝶)+ぼり≒はっちょうぼり。八丁堀ですね。
▼八丁堀(はっちょうぼり)
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□江戸時代に掘削された堀の長さが八町(1町≒109.0909m)あったそうです。で、八町堀となり、やがて町の字は丁の字に置き換えられたらしい。Wikipediaによれば、八丁堀は日本橋と神田の境界となっていたようです。元は寺の多い町だったようですが、寛永年間(1624年〜1644年)に移転を命じられ、そこに町奉行の手下である与力や同心の組屋敷、つまり官舎が設置されたようです。
◇*HP「八丁堀駅 から 日本 八丁堀駅 - Google マップ」
https://www.google.co.jp/maps/dir/%E5%85%AB%E4%B8%81%E5%A0%80%E9%A7%85/%E6%97%A5%E6%9C%AC+%E5%85%AB%E4%B8%81%E5%A0%80%E9%A7%85/@35.674657,139.7428306,13z/data=!3m1!4b1!4m13!4m12!1m5!1m1!1s0x6018895e80b08e91:0x9c9017696c9d6cb!2m2!1d139.77785!2d35.6746621!1m5!1m1!1s0x6018895e80b08e91:0x9c9017696c9d6cb!2m2!1d139.77785!2d35.6746621?hl=ja
◆参考*1:HP「歌川広重の「江戸名所百景」に描かれた風景。現在のどこの町なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201503/article_9.html
◇*2書籍「江戸の判じ絵」初版28〜33頁、岩崎均史(ひとし)著、ISBN4-09-626131-9、小学館
◇*3HP「菊人形はいつごろから始まったの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201509/article_8.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
団子坂は、谷中に住んでいたころに散歩で歩いてましたけど、現在は緩やかで広い通りになってますね。
蛍が生息していた蛍坂にはもう蛍は見られませんしね。
江戸時代とは様変わりしてしまいましたね。
ねこのひげ
2016/03/13 06:31
コメントをありがとうございます。

 団子坂は、江戸時代にはいまより急だったわけですか。すこしずつ工事して勾配を修正しているのかな。
 蛍坂というのは初めて聞きました。きっと蛍がたくさん見られる場所だったのでしょうね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/03/13 14:40

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