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zoom RSS 釣り上げた烏賊(いか)の山に隠れて脱出。危機一髪を乗り切った人物とは?

<<   作成日時 : 2016/03/26 08:30   >>

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★歴史★
問題:災難がふりかかってきた。逃げよう。こんなとき、歴史上の人物は女装してトンヅラすることもたびたびあったようです。
■後醍醐(ごだいご)天皇、後花園(ごはなぞの)天皇、伏見(ふしみ)天皇、二条(にじょう)天皇は、女装して逃げたという話が残されています。関ヶ原の戦いの前には、石田三成が武闘派である加藤清正・福島正則・黒田長政らに追われ、女装して逃げ出したという話があります。さらにイギリス国王のジェームズ2世は、清教徒革命中に姉弟らと共に監禁されていたセント・ジェームズ宮殿から女装して逃げ出したとか*1。
■命からがらの場面です。格好悪いなんて言ってられないのでしょうね。源頼朝がピンチのときは石橋山の木の洞(うろ)あるいは岩穴に隠れて御疾呼をちびったという噂もあります。三方ヶ原から敗走して浜松城に辿(たど)り着いた徳川家康は雲古を漏らしていたとも言われます*2。
■歴史上の有名人では、漁船の烏賊(いか)の山に隠れて捜索隊の目から逃れたという人もいます。釣ったばかりの烏賊です。ぬるぬるして気持ち悪かったでしょうね。しかも閏2月、真冬で寒かったらしい。でもこの人物はなんとか逃げおおせて、のちに歴史に残ることをなしとげたようです。
■では烏賊の山の中で息をひそめていたのは次の誰でしょうか?
[い]中大兄皇子
[ろ]桓武天皇
[は]後醍醐天皇
[に]足利尊氏
[ほ]豊臣秀吉
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]後醍醐天皇
説明:後醍醐天皇は、なかなか劇的な生涯を送られたようです。逃走劇も複数回経験し、復活もしています。
■正応元年(1288年)に生まれた後醍醐天皇は、文保(ぶんぽう)2年(1318年)に31歳で践祚(センソ、天皇に就任)したらしい。96代目だそうです。父親の後宇多天皇(ごうだ〜、91代目)の遺言により、中継ぎ専門、レッドソックスの田澤純一投手のような立場だったらしい。お兄さんである後二条天皇(ごにじょう〜、94代目)の皇太子邦良(くによし)親王が成人して皇位につくまでという約束だったようです。
■後醍醐自身の子供や孫に譲位することはできなかったようです。そんな約束をした父親を恨んだのかもしれません。同時に、その約束を認めて保証している鎌倉幕府を恨んでいたとも言われます*3。
■元弘(げんこう)(1331年)に倒幕に失敗して捕らえられた後醍醐天皇は、謀反人として元弘(げんこう)2年(1332年)に隠岐島に流されます。このとき、児島高徳(たかのり)という武将が「天勾践(こうせん)をむなしうするなかれ。時に范蠡(はんれい)なきにしもあらず」と、桜の木に彫りつけたと言われています*4。後醍醐に対する応援の言葉らしい。
■翌元弘(げんこう)3年(1333年)の冬、名和長年(なわ ながとし)ら、名和一族を頼って隠岐島から脱出したとき、烏賊の山に隠れねばならない羽目に陥ったらしい。釣り船に隠れて島を脱出したわけですが、後醍醐の不在はたちまち露見します。数艘の軍船が追い掛けて来ます。釣り船の船頭は漕ぐ手を止め、固まってしまったらしい。
■艫(とも、船尾)のほうから、「恐れるな、漕ぎながら釣り糸を垂れよ」という声がします。船頭は言われるままに釣りをするふりをします。軍船が近づき、「怪しい舟を見なかったか」といいます。船頭は教わっていたとおり、「そういえば今朝早く、出雲(島根県)に向かって舟が出ていったが、流れがいいので、もう着いているころではないかね」と答えます。軍船を釣り舟につけ、雑兵らが中を覗きみます。そこには釣りあがった烏賊が山のように積まれ、赤みを帯びた白い肌をくねらせていた。
■軍船がいってしまうと、烏賊の山が崩れ、墨とかぬめりとかでぐちゃぐちゃになった人が2人出てきました。後醍醐天皇と側近の千種忠顕(ちぐさ ただあき)だったようです。後醍醐天皇は、伯耆国(ほうきのくに、鳥取県)名和庄の港に着くまで、一心に真言(しんごん、密教における念仏のようなもの)を唱えていたらしい。
■無事に本土に渡った後醍醐天皇は、地頭である名和又太郎(またたろう、のちに長年)に迎えられ、船上山(センジョウサン)という山の上に仮御所を設けます。ここから天下に北条高時(たかとき)追討の綸旨(りんじ、天皇の命令)を発せられたとのこと。
■それにしても「烏賊臭い」天皇というのも驚きですね。きっと地頭の屋敷に入ったらすぐに風呂を所望したのでしょう。寒かったり、冷たかったり、臭かったりで、さんざんな目にあいましたから。ご苦労さまでした。
◆参考*1:HP「後醍醐・後花園・伏見・二条・称徳天皇。ひとりだけ仲間はずれなのは誰なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201506/article_24.html
◇*2HP「三方ヶ原の合戦」
http://www7a.biglobe.ne.jp/echigoya/ka/Mikatagahara.html
◇*3HP「後醍醐天皇 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E9%86%8D%E9%86%90%E5%A4%A9%E7%9A%87
◇*4HP「戦前の決まり文句。「天勾践(こうせん)をむなしうするなかれ」。どんな意味なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201504/article_20.html
◇*5書籍「日本史人物逸話事典」文庫初版197〜198頁、鈴木亨編著、ISBN4-05-901109-6、学習研究社

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
後醍醐天皇・・・色々な逸話に事欠かない天皇さんですね。
ねこのひげ
2016/03/27 07:11
コメントをありがとうございます。

 ホントに激動の人生だったようですね。誰かの詩に「王様は退屈で死んだ」とかいう一節がありましたが、後醍醐帝は退屈はしなかったでしょうね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/03/27 09:38

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