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zoom RSS 実母より深い乳母の愛。家光が毎朝食べさせられた栄養補助食品とは?

<<   作成日時 : 2016/03/12 11:40   >>

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★歴史★
問題:3代将軍徳川家光は、2代将軍秀忠の長男であり、実母は江(ごう)だそうです。江は戦国一の美女とうたわれたお市の方、織田信長の妹と、戦国大名浅井長政(あざい ながまさ)の間に生まれた3女です。長女があの淀殿ですね。
■江は3度結婚しています。最後の結婚が文禄(ぶんろく)4年(1595年)、秀忠とだったようです。政略結婚ばかりなのでしょう。精神面から見ると気の毒ですが、経済面ではおそらく不足はなかったと思われます。とくに2度目の結婚相手は秀吉の甥である豊臣秀勝(ひでかつ)ですし、3度目の相手は将軍になりました。
■ちなみに、秀忠も江との結婚は2度目になるようです。最初は12歳のとき、織田信雄(のぶかつ)の長女小姫(おひめ)との縁組みだったらしい。小姫はまだ6歳だったとのこと。この若さです。婚約ならまだわかりますが、ホントに婚儀だったらしい。でも翌年に小姫は亡くなっています。秀忠君は13歳でバツイチになっちゃったのかな。
■家光は長男ですが、江はそれまでに4人の娘を産んでいるようです。長女が有名な千姫(せんひめ、豊臣秀頼の正室)です。家光君は待望の男児だったらしい。そのわりには江は家光に冷たかったようです。あとから産まれた徳川忠長のほうに目をかけたらしい。家光は病弱だったようです。おっとりした性格でもありました。2歳ほど年下の弟、忠長のほうは容姿端麗で頭がいい。武術の上達も早かったとか。両親が忠長を偏愛気味なので周囲も忠長が跡継ぎなのかと勘違いしはじめます。
■家光には春日局(かすがのつぼね)と呼ばれる乳母がついていました(口絵参照)。兄なのになにかと軽視される家光を案じ、春日局は神君徳川家康に直訴したらしい。家康は駿府に隠居していましたが、春日局の意見を聞き、江戸に乗り込みます。秀忠と家光、忠長が同席しようとしますが、忠長だけは退席させたらしい。家光は徳川家を継ぐ身、忠長は家光に仕える陪臣(ばいしん、臣下の臣下)の身であると天下に示したとのこと*3。
■将軍秀忠から見て家光は直接の臣下であり、忠長はその家光の臣下(になるはずの者)ですので陪臣なのでしょうか。ちなみに陪臣の「陪」は「重ねる」という意味があるらしい。臣下の臣下…臣下が重なっていますので陪臣です。陪審員は審議を重ねる人なのでしょう。
■閑話休題。春日局は、家光に入れ込んでいたようです。19歳で将軍に就き、26歳ごろに疱瘡(ほうそう、天然痘)に罹患(りかん)します。このとき、ちょうど倍ぐらいの年齢だった春日局は神様に祈ったらしい。「自分はこれから生涯薬を飲まない。私の命にかえて家光を救ってほしい」。薬断ち(くすりだち)かな。なんだか凄いですね。
■幸い、家光は助かります。春日局は満64歳ぐらいで亡くなるのですが、それまでの十数年、いっさい薬は飲まなかったらしい。あまりの入れ込みようなので、家光は春日局と家康のあいだにできた子供ではないかという噂まであるらしい。
■DNA鑑定ができないので、血統上の疑惑はひとまず置くとして、春日局は、家光の健康をおもんぱかり、朝食にはある食品を必ず出すように台所に言いつけていたらしい。それは現代の食品でいえば何に似ているでしょうか? 次の中から選んで下さい。
[い]チーズ
[ろ]ヨーグルト
[は]納豆
[に]五穀米
[ほ]肝油
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]五穀米
説明:春日局は自ら考案した七色飯という食品を毎朝、炊くように言いつけていたらしい。乾飯(ほしめし)、湯取飯(ゆとりめし)、茶、粟、麦、赤小豆の挽き割りなどを混ぜて炊くものだそうです。
■乾飯は「干し飯(ほしいい)」という大昔からある携帯食とおなじなのかな。「蒸して乾燥させた保存用の飯。湯や水に浸して食べる」ものだそうです。湯取飯は、「米を多めの水で炊き、沸騰したところで ざるに上げて水洗いし、再び蒸して作った飯。病人食に用いた」とのこと。どちらも米のようです。あとの素材はいまでも見られるものですね。
◇*HP「干し飯 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&biw=1280&bih=608&tbm=isch&sa=1&q=%E5%B9%B2%E3%81%97%E9%A3%AF&oq=%E5%B9%B2%E3%81%97%E9%A3%AF&gs_l=img.3..0j0i30j0i24l6.9295.16751.0.17749.27.24.3.0.0.0.171.1896.23j1.24.0....0...1c.1j4.64.img..15.12.810.vyIyA2IHQtM
◇*HP「湯取飯 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&biw=1280&bih=608&tbm=isch&sa=1&q=%E6%B9%AF%E5%8F%96%E9%A3%AF&oq=%E6%B9%AF%E5%8F%96%E9%A3%AF&gs_l=img.3...29119.30766.0.31015.5.5.0.0.0.0.83.365.5.5.0....0...1c.1j4.64.img..4.1.81.klkzS56Xq1k
■たしかに七色飯なら、ご飯だけたべていても、栄養がありそうです。とくに、13代将軍家定(いえさだ)・14代将軍家茂(いえもち)が相次いで倒れた脚気(かっけ)…ビタミンB1の欠乏による病気は避けられるかもしれません。
■徳川家康も、麦飯にめざしといったとても質素で健康的な食生活を送っていたらしい*2。だからこそ、当時としては珍しく70歳を越えるまで活躍できたわけですね。家光は愛情あふれる七色飯で育ったわりには、満46歳と10ヶ月ほどで他界してしまいましたけど。
◆参考*1:書籍「江戸逸話事典」初版135〜137頁、逸話研究会編、新人物往来社◇*2HP「徳川家康の好物はめざしなのか、豚やわらか煮なのか? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200607/article_59.html
◇*3HP「天皇を激怒させ、退位に追いやった女傑。斎藤ふくとはどんな女性なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201203/article_16.html
◇*4HP「小姫 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%A7%AB

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
大事にされ過ぎるとかえって弱くなるということもありますけどね。
後の将軍たちも御膳奉行とかいう役職の奉行がいて、メニューはメチャクチャ厳しかったようですけど、弱弱しかったようですからね。
ねこのひげ
2016/03/13 06:20
コメントをありがとうございます。

 食べ物のせいだけではないのかもしれませんが、それにしても家康の食事をみんなが真似していたら、脚気なんかにはかからなかったはずなのに。なんだか病弱な人が多くて気の毒な感じすらしますね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/03/13 14:35

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