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zoom RSS 芝居小屋で主と日本語で口喧嘩し、勝利を収めた青い眼の人物とは?

<<   作成日時 : 2016/02/17 07:07   >>

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★歴史★
問題:幕末か明治の初めのお話です。ある外国人が芝居見物にでかけたらしい。金があるので舞台にいちばん近い枡席をとって開演を待ったようです。物珍しい西洋人です。周囲の人たちはチラチラと彼を見ながら、なにやら小声で話しています。
■そこに芝居小屋の主がやってきて言うには、彼がそこから出て行かない限り幕は開けられないとのこと。理由は不明です。尊皇攘夷派だったのかな。
■江戸時代の芝居の人たちは、毎日開演前の暗い時間に三番叟(さんばそう)という五穀豊穣を祈る舞で舞台を清めたと聞いたことがあります。とても信心深く、保守的だったらしい。青い眼の人物は当時としては異形(イギョウ)でしょう。縁起が悪く、演技もできない…なんて思ったのかもしれません。
◇*HP「三番叟 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%89%E7%95%AA%E5%8F%9F&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjU-tbdqsvKAhUiXqYKHfibA00Q_AUIBygB&biw=1280&bih=632&dpr=1.5
■ところが、外国人も負けてはいません。流暢な日本語で「決められた料金を支払ったのだから、観客としての権利がある」と主張し、一歩も譲りません。丁々発止とやりあいましたが、最後にはとうとう主のほうが根負けしてしまったとのこと。周囲の人は外国人が日本人を日本語でやりこめるという新鮮な見世物に大喜びしたそうです*2。
■さて、この好奇心旺盛で日本語の達者な人物は、次の誰だったのでしょうか?
[い]ジェイアール・ブラック(新聞記者)
[ろ]アーネスト・サトウ(外交官)
[は]トーマス・ブレーク・グラバー(商人)
[に]フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(医師)
[ほ]アルベール・シャルル・デュ・ブスケ(軍人)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]アーネスト・サトウ(外交官)
説明:アーネスト・サトウは、佐藤愛之助という日本語名を持っていたらしい。でも、彼は口絵のように、純粋な西洋人だったようです。Satowは英国にもある苗字だそうです。日本に同化すべくつけた名前ではないらしい。
■文久(ぶんきゅう)2年(1862年)に日本にやってきたそうです。その前年に中国で通訳官をしていたらしい。数百字の漢字の意味を知っていただけという話もあります。漢文で記された日本語なら、その意味の一端は理解できるという程度だったようです。
■日本に着任後、宣教師について日本語の習得につとめたようです。手引き書がなくて悪戦苦闘したらしい。公式文書の翻訳や通訳は、かなり練達していないとつとまりません。なまじ漢字の意味がわかっているだけに、拙者を「拙い者である私、I, the shabby one」なんて訳したりしたこともあったらしい。shabbyは見窄らしい(みすぼらしい)とか、行為が卑しいといった意味があるようです。
■努力の甲斐があって日本語はみるみる上達し、日本人よりも上手になってしまいます。いまでいえば誰でしょうね。セイン・カミュ氏とかロバート・キャンベル氏、あるいはロバート・フェルドマン氏かな。
■アーネスト・サトウは、歴史の大きな転換点に立ち会ったことがあるようです。慶応(けいおう)4年(1868年)の3月9日。勝海舟は英国公使パークスの書記官アーネスト・サトウに会っています。その4日後の3月13日。西郷隆盛の命を受けた参謀木梨精一郎(せいいちろう)は横浜でパークスと会見します。パークスは恭順している者を討つのは人道に反すると述べ、江戸攻撃に強く反対します。この報告を受けた西郷は愕然としたらしい*1。
■そして翌3月14日。江戸の薩摩屋敷で西郷隆盛と勝海舟が会談し、無血開城が決まります。勝が手を回し、西郷がパークスの意を汲んだのか。あるいは本国に手柄を誇りたい外交官たちが脚色した話なのか。真偽は定かではないのですが。
◆参考*1:書籍「日本史こぼれ話近世近代 正編」新書初版108〜110頁、笠原一男・児玉幸多編、ISBN4-634-60340-3、山川出版社
◇*2書籍「日本史こぼれ話近世近代 続編」新書初版92〜93頁、笠原一男/児玉 幸多編、 ISBN4-634-60740-9、山川出版社

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
日本人は外国に弱い所がありますからね。
外人に言われてやめたのかもしれませんね。
ねこのひげは、イベット・ジローなんでフランスの歌手を初めて知ったときは、日本人とのハーフかと思いましたけどね。
ねこのひげ
2016/02/21 10:23
コメントをありがとうございます。

 イベット・ジローはレストラン・ジローの名前の由来だと聞いたことがあります。素町人もその話を聞くまでは田中次郎とか渡辺二朗なんて人が経営しているのかと思っていました。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/02/21 22:09

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