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zoom RSS 江戸時代には有名だった女詐欺師、妙海尼(みょうかいに)。誰の配偶者と称していたの?

<<   作成日時 : 2016/01/09 08:47   >>

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★歴史★
問題:泥棒や詐欺、殺人や虐め(いじめ)は誰がみても悪徳です。悪徳ではありますが、なくそうとしてもなくならないものらしい。どんな国家体制であっても、どんな宗教が支配していても、その社会にはかならずこうした悪徳は存在すると言われます。自然が真空を忌み嫌うように、人間が生きている場所には必ず悪徳の影がつきまとうものらしい。
■我が国の江戸時代にも、もちろんこれらの悪徳はありました。その中でいちばん笑える人物の1人は妙海尼という人物かもしれません。「妙海語」という書物によれば、貞享(じょうきょう)3年(1686年)の生まれとのこと。亡くなったのは参考書籍*4によれば安永(あんえい)7年(1778年)。満91〜92歳ということかな。Wikipediaの妙海尼の項によれば、安永(あんえい)3年(1774年)だそうです。こちらでは満87〜88歳ぐらいかな*2。どちらにせよ、当時の平均寿命の倍ぐらいは生きた人です*1。
■その主なる悪事を始めたのはだいぶ遅く、70歳を過ぎたころではないかと推定されています。手口は単純明快です。ある著名な人物の未亡人になりすますことで収入を得たようです。亡くなった御亭主についての昔話をすることで結構な暮らしが成り立ったらしい。
■では、女詐欺師妙海尼は、誰の配偶者だったと主張しているのでしょうか? 下の選択肢から選んでください。
[い]堀部安兵衛(やすべえ、赤穂浪士の1人)
[ろ]生島半六(はんろく、初代市川團十郎を舞台上で刺殺した役者)
[は]荒木又右衛門(またえもん、鍵屋の辻の仇討ちに助太刀した剣豪)
[に]宮本武蔵(むさし、ご存知60戦無敗の剣術の神様)
[ほ]天一坊(てんいちぼう、8代将軍吉宗の落胤と称した詐欺師)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]堀部安兵衛(やすべえ、赤穂浪士の1人)
説明:妙海尼の法螺話(ほらばなし)は、人々を惹き付けたようです。討ち入り事件の裏側、秘話をいろいろ教えてくれるらしい。
■たとえば、「…吉良邸への討ち入りを策している大石内蔵助は、邸内の様子をさぐるため、家中の女子七人を密偵として吉良家に入れた。吉良家の夫人つきの女中という名目だったが、その7人の奉公人の中に順(妙海尼の出家前の名)も加わっていた。順らはあらゆることを大石ら赤穂浪士に教え、屋敷内の案内手引の役に立つよう努めた。浪士たちが遂に本望を遂げたので、順は他の6人に自殺させ、その首は泉岳寺の浅野内匠頭の墓の、敷石の下に並べて埋めた。順は七人の密偵の中の、ただ一人の生き残りである」*4。
■話としては面白い。墓の敷石の下にホントに髑髏(しゃれこうべ)が6つ埋まっているのかどうか。調べてみたくなりますね。
■妙海尼の話は、佐治為綱(ためつな)という武士の聞き書き「妙海語」によって、後世にも伝えられました。佐治為綱は丹波国篠山藩士だそうです。江戸に出る機会があったとき、以前より耳にしていた妙海尼に面会したいと思い立ち、実行したらしい。
■佐治の取材が行なわれたのは、安永(あんえい)3年(1774年)らしい*4。Wikipediaの主張によれば妙海尼が亡くなったその年ですね。参考資料*4説によれば死の4年前になります。
■「妙海語」によれば、妙海尼16歳のとき(元禄(げんろく)14年(1701年))に松の廊下事件が起きたらしい。で、赤穂を退去したそうです。江戸詰めの武士の細君がなぜ赤穂にいたのかは疑問視されているようです。普通は江戸で一緒に暮らすものらしい。妙海尼17歳のとき(元禄(げんろく)15年(1702年))に浪士たちが本懐を遂げたので、19歳で出家剃髪したとのこと。
■佐治は、話の辻褄(つじつま)があわないことを聞いたときには、突っ込んで尋ねようとしたらしい。でも妙海はすぐに涙ぐんでしまうらしい。佐治もそれ以上聞けなかったようです。なにしろ相手は老婆です。掘り下げられなかったからでしょうか。佐治は、徹底して妙海の発言をそのまま記録することに努めたようです。
■妙海尼の話にさまざまな矛盾があることは、現代では広く知られています。そのひとつは、堀部安兵衛と正伝院(せいでんいん?)という女性が親しく会話していたという話です。正伝院は堀部安兵衛の義父である堀部弥兵衛の母親です。安兵衛から見れば義理の祖母ですね。産後の肥立ちが悪かったのか、若くして亡くなったようです。
■堀部安兵衛は、講談等でも知られるように元は中山姓です。高田馬場の決闘で名を挙げ、堀部弥兵衛に見そめられます。娘ほりの入り婿として堀部姓にかわりました。マスオさんですね。
■堀部安兵衛は正伝院と同時代の人ではありません。安兵衛が生まれる数十年前に正伝院は亡くなっています。かなり決定的な矛盾です。
■そもそも堀部ほりと中山姓の剣豪が結婚したのは元禄(げんろく)7年(1694年)です。つまり満7〜8歳で堀部ほりは結婚したことになります。これも怪しい。大名家などでは満3歳で婚約などということもありました。でも、赤穂藩で堀部安兵衛が得ていた俸禄は200石だそうです。中級〜下級の武士では、そんな幼いころに婚約・結婚などはしないらしい。なお、ホンモノの堀部ほりは、享保(きょうほう)5年(1720年)に45歳で亡くなっているとのこと*4。
■妙海尼がどんな人物かはよくわからないらしい。元は娼婦だったという話もあります。いいかげん年を取ってもあちらこちら放浪していたようです。あるとき、金もなく、泊まるところもなくなってしまったらしい。たまたま「自分は赤穂浪士の堀部弥兵衛の娘で夫は養子の堀部安兵衛である。藩主浅野家の再興を願って全国を行脚している」と口からでまかせを言ったらしい。相手はとても同情し、医者を呼んだり、旨くて栄養のあるものを食べさせてくれたりしたようです*4。
■これに味をしめ、堀部安兵衛の未亡人を騙るようになったのかもしれません。そもそも貞享(じょうきょう)3年(1686年)生まれというのも実は怪しい可能性があります。ホントは10歳ぐらいは若いのかもしれません。でもそれでは安兵衛との結婚話のときには生まれていないことになってしまいます。話の辻褄があわなくなるのでサバを読んだのではないか。そうも推測できます。
■ともあれ、妙海尼は忠臣蔵が大好きな庶民の心を掴み、面白おかしく余生を過ごしたらしい。今、泉岳寺には、妙海尼の墓があるとのこと。
◇*HP「妙海尼 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A6%99%E6%B5%B7%E5%B0%BC&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMI3YvPr_faxwIVSpWUCh1LHgwB&biw=1280&bih=632#imgrc=hwx5-BTYn_500M%3A
■なお、赤穂義士の血縁や配偶者と言いふらした人物は、妙海尼だけではないらしい。参考資料*3によれば、大石内蔵助の娘とか武林唯七(ただしち)の娘など、書籍の上でもさまざまな偽物が活躍したようです。どの輩(やから)も妙海尼ほどには有名にはならなかったようですが。
◆参考*1:HP「日本人の平均寿命が50年を越えたのはいつごろのこと? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201310/article_6.html
◇*2HP「妙海尼 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E6%B5%B7%E5%B0%BC
◇*3書籍「三田村鳶魚全集第17巻 江戸の流行っ子・人さまざま」初版54〜60頁、三田村鳶魚著、中央公論社
◇*4書籍「日本怪僧奇僧事典」初版276〜282頁、祖田浩一著、ISBN4-490-10353-0 、東京堂出版

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
話が面白かったから、嘘とわかっていても落語や公団を聞くみたいに黙って聞いていたのかもしれませんね。
坂本龍馬も明治になるまで知られてなかったそうですし、今年の大河ドラマの主人公真田信繁も真田幸村として有名になったのは講談のせいだとか。
ねこのひげ
2016/01/11 07:07
コメントをありがとうございます。

 現在ならば、炎上しかねないインチキ話ではありますが、当時の人はおおらかだったのかな。娯楽が少なかったので、退屈をまぎらわせてくれる人が珍重された…という意見もありました。話に多少怪しいところがあっても、みんな勘弁してくれたのかもしれませんね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2016/01/11 16:25

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