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zoom RSS 日本で初めて胎児の様子を正確に描写した医書。ケチをつけたのはあの有名な蘭学者なの?

<<   作成日時 : 2015/12/26 09:09   >>

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★歴史★
問題:江戸時代も半ばを過ぎたころのお話です。明和(めいわ)2年(1765年)、賀川玄悦(げんえつ)という産科の医師が「子玄子産論(しげんしさんろん?、別称「産論」)」という著書の中で胎児は頭を下にして子宮に納まっているという説を唱えました。超音波を応用した機器でカミサンの腹の内を見てきたわれわれにとってみれば当たり前のお話ですね。
◇*HP「賀川玄悦 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E8%B3%80%E5%B7%9D%E7%8E%84%E6%82%A6&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAgQ_AUoAmoVChMI2ZfpkpqPxgIVI-KmCh2_bQDO&biw=1280&bih=632
■当時は、多くの医学者、漢方医も蘭方医も異を唱えたらしい。それまでの常識では、胎児は頭を上にして子宮内で座っており、陣痛が始まると180度回転して頭部から産まれて来ると考えられていたそうです。
■さて、われわれもよく名前を知る蘭方医も「子玄子産論」の説はおかしいと言ったようです。彼はオランダの医書をさまざまに読んでみましたが、胎児が頭にしているという記述はついに発見できなかったらしい。で、頭を下にしているはずはないと思ったのかな。「余、コレヲ疑フ」と著書に書いちゃったようです。
■では、この蘭方医とは次の誰でしょうか?
[い]緒方洪庵(こうあん)
[ろ]杉田玄白(げんぱく)
[は]前野良沢(りょうたく)
[に]中川淳庵(じゅんあん)
[ほ]大槻玄沢(げんたく)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]杉田玄白(げんぱく)
説明:杉田玄白は、前野良沢、中川淳庵らと一緒に「解体新書」を翻訳した人ですね。その苦労話は「蘭学事始(ことはじめ)」に記されているらしい。
■杉田玄白は、「解体新書」全四巻の巻四という部分に「古来胎孕(たいよう、この場合は胎児?)之状ヲ論ズル者卜異也。余コレヲ疑ウ。理豈然(リ、アニ、シカ)ランヤ」と、「子玄子産論」を疑っちゃったようですね。
■杉田玄白が間違えたのも無理はなかったのかもしれません。実は世界で初めて「胎児はふつう頭が下」説を唱えたのは、スコットランド出身の産科医ウイリアム・スメリーという人物であり、宝暦(ほうれき)4年(1754年)の発表だったようです。でもオランダではその説がまだ受け入れられていなかったのかもしれません。玄白の主たる情報源であるオランダの医書には、掲載されていなかったようです。
■おそらく賀川玄悦は、スコットランドの同業者の情報にまるで触れることなく、11年後、明和(めいわ)2年(1765年)の極東において「胎児はふつう頭が下」説を掲載した本を刊行したわけですね。杉田玄白は、「解体新書」の最後のほうに、「ちがうんじゃねぇか」と書いたらしい。
■ところが、玄白は楢林という通詞(つうじ、通訳)が所持していたイギリスの産科書を見る機会があったようです。そこには受胎から臨産まで全部「頭を下」にして描かれていたらしい。それ以外のものは、つまり逆子(さかご)なんかは難産の状態に陥りやすいとあったらしい。
■ありゃ。こいつは参ったな。杉田玄白は「子玄史産論」の説を疑った自分の誤りを潔く認めます。「学者ハ其ノ見ザル所ヲ以テ疑ヲ生ズルナカレト云フノミ」と自ら戒めたようです。自分の眼で確かめもせずに、他人の説を疑うなといっているらしい。
■現代の人間から見ると、杉田玄白の姿勢は謙虚ではありますが、あまり科学者らしくない。彼は、オランダの医書に載っていなかったからといって疑いを持ちました。イギリスの医書に載っていたからといって疑いを解きます。どちらも伝聞証拠であり、自分で確認したものではありません。
■「自分の眼で確かめもせずに…」と反省はしていますが、胎児が頭を下にしていることを自分の五感で確認したのでしょうか。その説を唱えていた賀川玄悦、あるいはその弟子たちの主張を直接聴いたのでしょうか。手紙で質問したのでしょうか。同時代の人ですから、やろうと思えばできたはずです。ただし、そうした記録は残されていないらしい。ちなみに杉田玄白が「子玄子産論」への疑いを掲載した「解体新書」は安永(あんえい)3年(1774年)に刊行されています。賀川玄悦は安永(あんえい)6年(1777年)に亡くなっています。
■杉田玄白やオランダの医書よりも進んでいた賀川玄悦は、蘭方医ではなく、鍼や灸、按摩業から産科に進んだ漢方医だったようです。当時としては旧弊な人物だったのかもしれません。ただし、たいへん頭のいい人物であり、自分の経験からさまざまな科学的事実を導き出したようです。妊婦の腹を触る経験が多かったらしい。そこから多くの場合、胎児の頭は下だということを五感で確認したわけですね。
■賀川玄悦はまた、当時としては画期的な産科用鉗子を発明したらしい。
◇*HP「産科用鉗子 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E9%89%97%E5%AD%90&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMIge6vrI-PxgIVY-KmCh1EqgDw&biw=1280&bih=632&dpr=1.5#hl=ja&tbm=isch&q=%E7%94%A3%E7%A7%91%E7%94%A8%E9%89%97%E5%AD%90
賀川玄悦が発明した鉗子は、難産の胎児を引っ張り出すのに使われたようです。当時、難産だと、母子ともに命を落とすことも多かったようです。賀川玄悦の鉗子は、胎児を救うこともあったかもしれませんし、なにより母体を救うことができたようです。
■なお、「子玄子産論」の「子玄」は、賀川玄悦の字(あざな、別名・通称)だったらしい。「子玄子」は「編集子」などと同様に、へりくだった表現のようです。また口絵は、「産論翼(さんろんよく?)」という賀川玄迪(げんてき、字は子啓(しけい))という人の著書に掲載された胎児の図です。頭が下になっていますね。賀川玄迪は玄悦の弟子であり養子だったとのこと。師匠であり養父である玄悦の著書を敷衍(ふえん、押し広げること)した本を安永(あんえい)4年(1775年)に発表したようです。
◆参考*1:HP「賀川玄悦 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E5%B7%9D%E7%8E%84%E6%82%A6
◇*2HP「賀川玄迪(かがわ げんてき)とは - コトバンク」
https://kotobank.jp/word/%E8%B3%80%E5%B7%9D%E7%8E%84%E8%BF%AA-1064503#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E7.89.88.20.E6.97.A5.E6.9C.AC.E4.BA.BA.E5.90.8D.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E5.85.B8.2BPlus

本年のクイズはこれでおしまいです。
ご愛読に感謝いたします。
m(_ _)m
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コメント(5件)

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時々、ダビンチのようにその時代では考えられないような発想をする人物が出てきますね。
賀川玄悦さんもそんな人物だったんでしょうね。
ねこのひげ
2015/12/27 17:26
コメントをありがとうございます。

 賀川玄悦は、自分の体験を通じて真実に近づくことができたようです。経験から得られた情報を整理して法則性を見つける。簡単なようですが、できる人はごくわずかなのでしょう。
 地味には見えますが、一種の天才だったのかもしれません。ダ・ヴィンチと共通するのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/12/27 19:15
2015年甲子園 中京大中京の上野投手の控え"長谷部銀次"は江戸時代の蘭学者・医師であった杉田玄白の子孫

母方の先祖がつながっており、玄白を初代とすると9代目

医者の家系(母親)ですわ
sadakun_d
2016/01/06 20:57
コメントをありがとうございます。

 芸能人もそうですが、お医者さんも自分の子供や孫に仕事を継がせたいと思うようですね。
 医者の家系というのはたしかにあるらしい。曲直瀬(まなせ)家というのも聞きますし、半井(なからい)家というのも聞きますね。長谷部家という医者の家系は初めて聞きました。
(^^;)
sadakun_d様<素町人
2016/01/07 20:31
http://a-bis.net/bbk/kokoyakyu/2518

杉田玄白から、長谷部投手に至る家系…🎵

たくさん医学者がいるような…

sadakun_d
2016/01/08 18:32

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