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zoom RSS 歴史上の著名人で切腹したがる武将とは秀吉なの? 家康なの?

<<   作成日時 : 2015/12/16 08:56   >>

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★歴史★
問題:「禁煙は簡単なことだ。私なんかもう100回も経験している」という冗句があります。結局、この人はいちども禁煙に成功していないようですね。
■この発言者にちょっと似た歴史上の著名な人物がいます。こちらは禁煙ではなく、「切腹は簡単なこと」と思っていたらしい。何回もくわだてながら、結局、短刀を腹に突き立てることはしなかったようです。最期は矢傷がもとで亡くなったと言われています*1。傷口の消毒が不十分で敗血症とか破傷風その他の感染症にかかってしまったのでしょうか。
■では、何回も切腹しそうになりながら、結局しなかった歴史セレブとは、次のうちでは誰でしょうか? 
[い]源頼朝
[ろ]足利尊氏
[は]北条早雲
[に]豊臣秀吉
[ほ]徳川家康
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]足利尊氏
説明:足利尊氏は、ご存知のとおり、室町幕府を開いた武将ですね。最初は後醍醐天皇に味方していました。戦功は大きかったのですが、なぜか元弘(げんこう)3年[南朝](1333年)に建武の新政が始まると、自身は政権から遠ざかります。
■やがて後醍醐天皇と反目し、北朝・南朝にわかれる原因をつくりました。建武(けんむ)2年[南朝](1335年)楠木正成や新田義貞(よしさだ)ら、後醍醐天皇派の武将と戦い、敗れていったんは九州におちのびます。勢いを盛り返してふたたび都をめざします。建武(けんむ)3年/延元(えんげん)元年[南朝]5月25日(1336年7月4日)、神戸湊川(みなとがわ)の戦いで楠木・新田軍を破り、そのまま入京します。後醍醐天皇一派は吉野に逃げて南朝となるわけですね。
■この間に、足利尊氏は何度か自殺未遂事件を起こしているらしい。まずは「建武3年の正月の合戦で宮方に負けて短刀で自害しようとする事が3回もあったが、運が強いのか、追手は引き返した」とのこと。「尊氏が九州に落ちて来た時、味方が少ないので切腹しようとしたのを直義(ただよし)に諫められた(太平記巻16)*2。直義というのは実弟です。
■のちに南朝方と戦った観応(かんのう)3年/文和(ぶんな)元年[北朝](1352年)の武蔵野合戦でも、新田義貞の3男坊、新田義宗(よしむね)に追われ、すでに切腹自害しようとするところまで追いつめられたらしい。近従の侍が助けたと「太平記」には記されているようです。
■切腹ばかりでなく、出家するといってしなかったこともあるらしい。後醍醐天皇に背いて朝敵になったことを悔やんでのことだったようです。でも結局は元結(もっとい、丁髷(ちょんまげ)を結う紐)を切るところまではしたものの、髪を剃るには至らなかったらしい。もちろん得度(とくど、出家の儀式)はしていません。
■歴史上の英雄たちは、おおむね意志が固く、不屈の闘志で障害を乗り越えて前進していきます。すげえなあと感心はできるけれども、友達にはなれそうもない。足利尊氏は中途半端で優柔不断な人物のように見えます。自分の周囲にもいそうです。自分自身の中にもその要素は多分にある。我ら下々でも親近感を覚える人柄ですね。朝敵となったために、いまだに評判はあまり高くないようですけれども。
◆参考*1:HP「足利尊氏 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E5%B0%8A%E6%B0%8F#.E8.A6.B3.E5.BF.9C.E3.81.AE.E6.93.BE.E4.B9.B1.E3.81.8B.E3.82.89.E6.99.A9.E5.B9.B4.E3.81.BE.E3.81.A7
◇*2書籍「日本奇談逸話伝説大事典」初版12〜13頁、志 村 有 弘(ありひろ)・松 本 寧 至(やすし)編、ISBN4-585-06002-2、勉誠社
◇*3HP「太平記巻第十五 (その二)」
http://cubeaki.dip.jp/taiheiki/taiheiki/taiheiki11-20/taiheiki-15-2.html
◇*4HP「太平記 巻第十六 (その一)」
http://cubeaki.dip.jp/taiheiki/taiheiki/taiheiki11-20/taiheiki-16-1.html

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コメント(2件)

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足利尊氏というのは、若いころ神社の社を開けてみて中に石が一つだけおいてあったので笑って投げ捨てたとか・・・
信長みたいな奴だったのかもしれないですね。
ねこのひげ
2015/12/20 13:02
コメントをありがとうございます。

 神社のご神体を確認する話は「福翁自伝」でも読んだような気がします。立身出世する人たちは似たような行動パターンなのかな。

 素町人は子供のころ、神社の鈴緒(鈴から垂れてきている太い紐)でブランコをしていて紐の根元がちぎれ、賽銭箱の角で尾骶骨(びていこつ)を強打し、気絶しかけました。
 翌日から高熱が出て、入院騒ぎとなってしまいました。バチが当たったかと思いましたが、医者の話では尾骶骨の打撲はたいしたことなく、たまたま川崎病という病気にかかったらしい。立身出世する人とはパターンが違うようです。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/12/20 16:53

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