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zoom RSS 福沢諭吉と勝海舟、榎本武揚の書翰からの読み問題。「漫りに」はどう読むの?

<<   作成日時 : 2015/11/09 08:45   >>

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★日本語★
問題:「瘦我慢の説(やせがまんのせつ)」という文書があるそうです。福沢諭吉が明治24年(1891年)に書きました。勝海舟や榎本武揚らの旧幕臣に対する個人攻撃らしい。2人には瘠我慢が足りないと責めているようです。ただし、福沢諭吉の言う瘠我慢は、われわれがふだん使っているような、「無理に我慢して平然を装う」という意味とはちょっと違うかもしれません。誤解かもしれませんが、「やむにやまれぬ大和魂」に近いものを感じました。なお、「瘠我慢の説」の要約は参考資料*1にあります。全文は参考資料*3にあります。
■「瘠我慢の説」は、もともと福沢の仲間内で内緒で読み回した文書だそうです。流出したのを機に一般にも公開することを決めたらしい。いつの時代でも機密を守るのはたいへんらしい。
■福沢諭吉は、「瘦我慢の説」を出版するにあたり、主役である2人に草稿を送ったようです。しばらくして「事実誤認や意見があれば聞かせてくれ」と頼んだらしい。その依頼文と勝海舟、榎本武揚の2人の返事が青空文庫の勝海舟の作品集に含まれていました*2。
■振り仮名を除くとわずかに600字余りの短い文章です。しかも実際には「瘦我慢の説」の内容についての応酬はまるでありません。勝海舟は「勝手にしろ」といっているようですし、榎本武揚は「今は忙しいんだ」といっているだけです。
■ただし、昔の大物たちですので、内心はともかく言葉遣いは丁寧であり、なんとなく悠然としていて面白味がありました。本日は、この短い書簡からの漢字の問題です。それぞれの語句の読みはどんなものでしょうか?
[い]慙愧
[ろ]是亦乍序
[は]行蔵
[に]漫りに
[ほ]麗らか
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)



























★日本語★
正解:各項目を参照してください
説明:[い]慙愧はザンキと読む
■慙愧は「自分の言動を反省して恥ずかしく思うこと」です。「慚愧に堪えない」という形で見かけることが多いですね。慚愧という表記もあります。「慙」と「慚」は、「心」を示す部品が下にあるか左にあるかの違いだけ。読みと意味は同じ、異体字です。
□原文では次のように使われていました。「不計(はからず)も拙老(せつろう)先年之行為(こうい)に於て御議論(ごぎろん)数百言(すうひゃくげん)御指摘(ごしてき)、実に慙愧(ざんき)に不堪(たえ)ず、御深志忝(かたじけなく)存(ぞんじ)候(そうろう)」。「年老いた私の昔のことに多くをさいていただき、お恥ずかしいかぎり。お気持ちはたいへんありがたい」。これは本音ではなさそうです。外交辞令のように思われます。なお、ここでも「慙愧に堪えず」ですね。
□余談です。愛媛県の新居浜や今治では、鳥の唐揚げをセンザンキと呼ぶそうです。北海道では、同様にザンギと呼ぶらしい。昨晩の飲み過ぎに抗議して胃袋がストライキを起こしている。飯はお茶漬けで結構、ザンギに耐えない…そんな使い方はしないのかな。
[ろ]是亦乍序はこれまたついでながらと読む
■是亦乍序は難しい四字熟語のように見えますが、口語風の読みをするようです。
□原文では次のように使われていました。「尚(なお)以(もって)彼の草稿(そうこう)は極秘(ごくひ)に致し置(おき)、今日に至るまで二、三親友の外へは誰れにも見せ不申候(もうさずそうろう)。是亦(これまた)乍序(ついでながら)申上候(もうしあげそうろう)。以上」。福沢諭吉の手紙の追伸部分でした。「瘠我慢の説」の原稿はいままで公表はしていないと言っているようです。
[は]行蔵はコウゾウと読む
■行蔵は論語の言葉らしい。「世に出て道を行なうことと隠遁して世にでないこと」だそうです。出処進退を意味するようです。
□原文では次のように使われていました。「行蔵(こうぞう)は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張、我に与(あず)からず我に関せずと存(ぞんじ)候(そうろう)」。勝海舟の返事の中の文です。出処進退は俺自身の問題だ。他人の批判など知ったことか…と突き放しているように見えます。表現は穏やかですが。
[に]漫りにはみだりにと読む
■漫りには「考えもなく、無分別に」という意味らしい。ふつうは「妄りに、濫りに、猥りに」などと表記します。「正当な理由や資格もなく」という意味でも使われます。道路交通法には、「車両はみだりにその進路を変更してはならない」なんて記されているそうです。
□原文では次のように使われていました。「小生の本心は漫り(みだり)に他を攻撃して楽しむものにあらず」。福沢諭吉の手紙の中にありました。「瘠我慢の説」は単なる個人攻撃ではなく、世に問う意味があるのだと主張しているらしい。
□「漫」という漢字は、「漫に」以外に「漫ろに(そぞろに)」という訓読みもあります。ご存知のように「これといった理由もなく」とか「なんとなく」という意味です。「そわそわする様子」も「気もそぞろ」と言いますね。
[ほ]海容はカイヨウと読む
■海容は「海のように広い寛容な心で、相手の過ちや無礼などを許すこと」だそうです。日常会話ではめったに使いません。手紙やメールに限定された言葉なのかな。
□原文では次のように使われていました。「…乱筆蒙御海容度(らんぴつごかいようをこうむりたく)候(そうろう)」。勝海舟の返事の追伸部分です。(筆を執るにもけだるさを覚えるほどに体調がよろしくないので)文や字の乱れは勘弁してくれと言っているようです。
□今回クイズの引用部分の振り仮名と送り仮名は、わずかながら勝手に変更しています。現在の人から見て理解しにくい部分について変更しました。ご海容いただければ幸いです。
◆参考*1:HP「瘠我慢の説 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%98%A0%E6%88%91%E6%85%A2%E3%81%AE%E8%AA%AC
◇*2HP「福沢諭吉 勝海舟 榎本武揚 瘠我慢の説 書簡」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000296/files/46827_24773.html
◇*3HP「福沢諭吉 瘠我慢の説 瘠我慢の説」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000296/files/46826_24771.html
◇辞書「字通」白川静、平凡社
◇辞書「漢字源」藤堂明保、学習研究社
◇辞書「日本国語大辞典」小学館
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞泉
◇Yahoo! J Dictionaries 大辞林

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
昔の政治家は、面白い人物が多かったようで・・芸者を嫁さんにしたり何人も妾を囲ったり・・・
勝海舟のお父さん勝小吉も家族から座敷牢に閉じ込められるほどの暴れん坊だったそうです。
そういう人間を大臣として認める当時の日本人も大物なのかな?
ねこのひげ
2015/11/15 04:12
コメントをありがとうございます。

 昔は個性豊かな人がいて、私的にも公的にも活躍しやすかったのでしょうかね。
 現代には偽善的なマスコミが多く、煽られやすい人々が少なくありません。「大きな短所もあるが大きな長所もある」という人は叩かれやすく、能力を発揮しにくいのでしょう。
(^^;)
ねこのひげ
2015/11/15 09:45

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