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zoom RSS 江戸の行商人。定齋屋(じょうさいや)って何を売っていたの?

<<   作成日時 : 2015/11/28 08:56   >>

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★歴史★
問題:すでに何度かご紹介したように、江戸時代には面白い行商人が活躍していたようです*2*3。
■たとえば定齋屋というのも行商人だったらしい。口絵のように天秤棒の前後に抽斗(ひきだし)のついた小さな箪笥(たんす)をぶらさげていたらしい。定齋屋は何を売っていたのでしょうか? 錠剤だろうって? 苦し紛(まぎ)れの駄洒落のような解答ですが、当たらずといえども遠からず。薬の行商人だったようです。
■定齋とは、暑気払いなどの薬を意味するようです*4。たとえば和中散(わちゅうさん)という薬を売っていたらしい。和中散は「枇杷(びわ)の葉,縮砂(しゅくしゃ),桂枝(けいし)など9種類の生薬より成る」食中毒の薬らしい*5。末尾に「散」とあります。太田胃散と同様に、和中散はきっと粉末状の薬だったのでしょうね。でも引きだしの中にはさまざまな薬が納められていたようです。中には「万金丹」など「〜丹」と呼ばれるような錠剤、丸薬が含まれていたのかもしれません。
■定齋屋以外にも、江戸時代には現代では見られない不思議な行商が行なわれていたようです。下の5つの選択肢に挙げられているのも実在した行商だそうです。ではその説明のうち、正しいのはどれでしょうか? (正しい説明は無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]玉屋は、出火で廃業した花火屋の元従業員たちが線香花火を売って歩いていた
[ろ]文庫売りは、袖に入るような小さな草紙(簡易製本の本)を売って歩いた
[は]柏の葉売りは、端午の節句の前に柏餅用の葉っぱを売って歩いた
[に]目鬘(めかつら)売りは、今で言う「睫毛(まつげ)用エクステ」とか「付け睫毛」を売って歩いた
[ほ]焙烙(ほうろく)売りは、豆などを煎る素焼きの皿を売って歩いた
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]と[ほ]が正しい
説明: [い]玉屋は、出火で廃業した花火屋の元従業員たちが線香花火を売って歩いていた(×)
■玉屋は大手花火師の屋号です。もうひとつ鍵屋という大手花火師が存在したようです。でも、花火を褒める掛け声はなぜか「タ〜マヤ〜」です。天保(てんぽう)14年(1843年)。玉屋は失火し、周辺約1500坪ほどが延焼したらしい。当時の出火は故意ならもちろん不注意でも重罪です。玉屋はお取り潰しになったらしい。
□元の雇い人たちがお家の再興を願って線香花火を売って歩いた…なんて話だと面白いのですが、どうもそうではないらしい。正しくは、玉屋は「シャボン玉用の原液」を売って歩いたようです*1。「玉」はシャボン玉なんですね。火ではなく水に関係した商品のようです。
□花火屋の元従業員たちが関係していたかどうかは不明です。玉屋倒産のだいぶ前から、たとえば寛政時代(1789年〜1801年)にもシャボン玉用原液販売の仕事は存在していたようですので、花火屋さんとは無関係に「玉屋」という呼称があった可能性が高いのかな*6。
□参考資料*1によれば、「椋(むく)の実を煮て、冷やした水に、小さい容器と藁をつけて売った」とのこと。椋の実は泡を作るようですね。落語の「茶の湯」では、緑色のきな粉を溶かした湯に椋の皮を入れて擬似的に茶を点(た)てていました。抹茶みたいにちゃんと細かい泡がでるのかな。
□なお、細かい話ですが、Wikipediaのムクノキ(アサ科)、ムクロジ(ムクロジ科)の項によれば、シャボン玉用に適しているサポニンという物質が含まれているのはムクロジの方らしい。ムクノキの実や皮とシャボン玉の関係についてはなんの言及もありません*7*8。昔は椋(むく、ムクノキ)とムクロジが混同されていたのでしょうか。
◇*HP「椋の実 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%87%E5%BA%AB&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMI4vGpjfvXxwIVCCqUCh3OawdR&biw=1280&bih=632#hl=ja&tbm=isch&q=%E6%A4%8B%E3%81%AE%E5%AE%9F&imgrc=SutyhMTiicJ0TM%3A
◇*HP「ムクロジの実 - Google 検索」
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%87%E5%BA%AB&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMI4vGpjfvXxwIVCCqUCh3OawdR&biw=1280&bih=632#hl=ja&tbm=isch&q=%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%81%AE%E5%AE%9F
[ろ]文庫売りは、袖に入るような小さな草紙(簡易製本の本)を売って歩いた(×)
■文庫売りは、「戯作本や暦本を収納するための家紋が描かれた箱」だそうです。文字通り文書を入れておく庫(くら)だったらしい。厚紙製だそうです。たくさん積んでもとても軽い商品のようです。ただし、雨の日風の日には商売になりませんね。
□「ぶんこやぁ、ぶんこ」と呼び声をあげながら流して売ったらしい。若い女性に人気があったようです。本だけでなく、身の回りの小物入れとして使われたとのこと。
[は]柏の葉売りは、端午の節句の前に柏餅用の葉っぱを売って歩いた(○)
■江戸時代の庶民は、5月の節句には各家庭で柏餅を作ったらしい。和菓子屋さんで買って来るという無精な現代人とは違います。餡を入れた餅を包む柏の葉が必要になります。「その季節になると、柏の葉売りが町を流して歩いた」とのこと。季節の行商だそうです。
□柏の葉も必要ですが、餡も必要ですし、餅も必要ですよね。いっそのこと、セットというかキットというか、「柏の葉+餡+餅+取扱説明書」で販売したら売れたんじゃないかな。今の時代でも、和菓子屋さんで売れそうですけど。
[に]目鬘(めかつら)売りは、今で言う「睫毛(まつげ)用エクステ」とか「付け睫毛」を売って歩いた(×)
■目鬘は、博多仁和加(はかたにわか)などに使われる目の回りだけの小さな面、半分の面です。
◇*HP「目鬘 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E7%9B%AE%E9%AC%98&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMI1PmGsvfXxwIVRSiUCh1KwQoD&biw=1280&bih=632#imgrc=lYs94IKjhyus4M%3A
子供の玩具として人気があったらしい。下は目鬘売りの屋台を国久という絵師が描いた浮世絵だそうです。
▼目鬘の屋台
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□博多仁和加は伝統芸能です。駄洒落で落とすものらしい。時事ネタも多く取り入れられているようです。たとえば、下の動画のような物です。

[ほ]焙烙(ほうろく)売りは、豆などを煎る素焼きの皿を売って歩いた(○)
■焙烙は素焼きの浅い鍋だそうです。画像検索で見ると、現代の商品は持ち手がついて急須のような格好をしているものが多いですね。昔は皿みたいなものが多かったと聞きます*1。
◇*HP「焙烙 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%87%E5%BA%AB&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMI4vGpjfvXxwIVCCqUCh3OawdR&biw=1280&bih=632#hl=ja&tbm=isch&q=%E7%84%99%E7%83%99
□おもに浅草の先、今戸焼きの素焼きのものが多かったらしい。釉薬(ゆうやく、うわぐすり)をかけないようです。大豆や玉蜀黍(とうもろこし)の粒を煎るのに使われました。どこの家にも1つや2つはある道具らしい。でも壊れやすいようです。焙烙売りは商売になったらしい。きっとお値段も安かったのでしょうね。
◆参考*1:書籍「大江戸復元図鑑 庶民編」初版96〜131頁、笹間良彦著画、遊子館
◇*2HP「江戸の町を「とっかえべえ」と言って歩いた行商人とは? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201306/article_10.html
◇*3HP「江戸時代の行商人が集めたものとは? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201305/article_11.html
◇*4HP「定斎屋(じょうさいや)とは - コトバンク」
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%9A%E6%96%8E%E5%B1%8B-79227
◇*5HP「和中散(ワチュウサン)とは - コトバンク」
https://kotobank.jp/word/%E5%92%8C%E4%B8%AD%E6%95%A3-665367
◇*6HP「タイムスクープハンター シーズン3|2011/06/23(木)放送 | TVでた蔵」
http://datazoo.jp/tv/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC+%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%B33/494437
◇*7HP「ムクノキ - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%83%8E%E3%82%AD
◇*8HP「ムクロジ科 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B8%E7%A7%91

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
現代でも、山野でもみじなどの葉っぱを採集して商売にしている村があるそうで、70過ぎのお年寄りの年収が1000万越えとか、うらやましい限りであります。
ねこのひげ
2015/11/29 09:34
コメントをありがとうございます。

 年収1000万円超えは凄いですね。お金儲けの種はどこにでもあるものだと感心します。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/11/29 16:27

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