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zoom RSS 馬が喋るという元禄時代のデマ。とばっちりで流罪にされた落語の祖とは誰なの?

<<   作成日時 : 2015/11/21 09:06   >>

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★歴史★
問題:元禄(げんろく)6年(1693年)の4月。江戸のある厩(うまや)の馬が人間の言葉をしゃべったそうです。噂が噂を呼んで大騒ぎになりました。馬は、ソロリコロリという流行病(はやりやまい)が蔓延(まんえん)することを予言し、助かるためには、南天の実と梅干しを煎じて飲めばいいと対策を伝授したとのこと。
■現代ですら疑似科学を悪用した商法とその被害者は跡を絶ちません。ましてや江戸時代の前半です。麻疹(はしか)や疱瘡(ほうそう)などの流行病が次々と集団発生しており、医者にかかっても効果の高い治療はしてもらえません。馬が喋るという荒唐無稽なお話ではありますが、助かりたい人々にとっては、たまたま流れてきた藁(わら)のように思えたのかも。多くの人がすがりつき、南天の実と梅干しの市場価格は20倍以上に跳ね上がったといわれます*1。
■なお、ソロリコロリという病名はコレラにヒントを得たのかなと考えましたが、Wikipediaのコレラの項によれば、日本にコレラ菌が持ち込まれたのは文政(ぶんせい)5年(1822年)が最初だったらしい*6。このときも上方では流行しましたが、江戸には及んでいないとのこと。元禄の喋る馬が予言した流行病はコレラとは無関係らしい。
■銭湯にスパイを送り込んで町人の噂話を収集していたという町奉行も、もちろんこの噂を把握していました*4。6月17日には「言葉を話す馬を探せ。隠していると罰するぞ」と町触れを出しているとのこと。もちろん話の出所を突き止めるべく、動き出します。翌年になってデマを流して大儲けした張本人が捕まります。神田須田町の八百屋惣兵衛(そうべえ)と、浪人の築紫団右衛門(だんえもん)だそうです。惣兵衛は流罪と決まったようですが、牢内で病死したとのこと。築紫団右衛門は、市中引きまわしの上、斬罪となったらしい。なかなか厳しい処罰ですね。
■このとき、とばっちりを受け、落語の祖の1人といわれる人物が伊豆大島に島流し(流罪)になったらしい。では、おかしなデマの側杖(そばづえ)をくった人物とは次の誰でしょうか?
[い]安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)
[ろ]露の五郎兵衛(つゆの ごろべえ)
[は]米沢彦八(よねざわ ひこはち)
[に]松田彌助(まつだ やすけ)
[ほ]鹿野武左衛門(しかの ぶざえもん)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ] 鹿野武左衛門(しかの ぶざえもん)
説明:鹿野武左衛門は、大坂出身で江戸に下り、芝居小屋や風呂屋で身振り手振りでおもしろおかしく聴かせる「座敷仕方咄(しかたばなし、身ぶり・手ぶりをまじえてする話・落語)」を始めたそうです。有料で落語を聴かせたのが、彼が初めてだったのか。職業としての落語家の祖なのかどうか。はっきりしないようです。ただ、初期の落語家の有力な1人であることは間違いないらしい。口絵は宴席の余興として落語を語る鹿野武左衛門のようです*5。
■なぜ彼は流罪にされたのでしょうか。デマを流した連中が、鹿野武左衛門の落語「堺町馬の顔見世」というお話にヒントを得たと白状したからだそうです。
■役者を目指す若者が馬の後ろ足の役をもらったのが嬉しくて、多くの知人友人に声をかけます。観客として見に来てくれた連中が「イヨ、馬の後ろ足!」とか声を掛けてくれるので嬉しくなり、つい「ヒヒーン」と嘶(いなな)いて芝居を台無しにしてしまう。そんな馬鹿話です。おそらく現代でいうところの「武助馬(ぶすけうま)」に相当する噺ではないかと思われます。
■「馬がしゃべった」といっているわけではありません。馬が嘶くのは当たり前の話です。これだけで有罪というのはあまりにひどい。ただ、鹿野武左衛門は、幕府に目を付けられていたようです。綱吉の時代です。生類憐れみの令の影響で、江戸の武士や庶民には不満が溜まっていたようです。それを批判する冊子が出回って人気を博していたらしい。馬や犬、猪、狼などが集まって人間の悪口を言うという趣向だそうです。綱吉は馬に見立てられていたとのこと*1。
■このアングラ本が鹿野武左衛門の作ではないかと疑われていたようです。疑いが事実かどうかはわかりません。ちょうどいいからあいつに少しお灸を据えよう。疑惑をかけていた連中は、そんなふうに思ったのかな。
■鹿野武左衛門は元禄(げんろく)12年(1699年)になって赦免され、江戸に帰って来たようです。でも5年間の過酷な暮らしがたたったのでしょうか。その年の8月には病死したとのこと。50歳前後だったようです。
■余談です。現代の落語家も「武助馬」を演じることがあります。通販のアマゾンによれば、7代目立川談志(たてかわ だんし)や6代目三遊亭圓窓(えんそう)がCDに記録しているようです。素町人は前者を聴いたことがあります。そういえば4年前の本日、立川談志が他界したらしい。今日が祥月命日のようですね。
◆参考*1:書籍「江戸の醜聞事件帖」文庫初版207〜210頁、中江克己(かつみ)著、 ISBN978-4-05-901265-8、学研パブリッシング
◇*2HP「鹿野武左衛門 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E9%87%8E%E6%AD%A6%E5%B7%A6%E8%A1%9B%E9%96%80
◇*3CD「立川談志第11回ひとり会より『天災/武助馬/黄金の大黒』」、立川談志、ASIN:B0002XVU36、日本コロムビア
◇*4HP「八丁堀の七不思議の1つ、女湯の刀掛けとはなんなの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201306/article_7.html
◇*5HP「落語の歴史:落語家のはじまり|大衆芸能編・寄席|文化デジタルライブラリー」
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/rekishi/rakugo/index2.html
◇*6HP「コレラ - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%A9#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.82.B3.E3.83.AC.E3.83.A9

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
谷中に住んでいたことがあり、千駄木の方に談志さんは住んでいたので何度かお目にかかったことがあります。
普段でも目立ちたがり屋のおっさんでありました。
ねこのひげ
2015/11/22 09:36
コメントをありがとうございます。

 個人の感想としては、立川談志は落語家としてはいまひとつでしたが、世間を賑わす話題づくりはうまかった。それもひとつの才能ですよね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/11/22 15:31

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