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zoom RSS 史上初の世界一周団体旅行。いつごろ実施されたの?

<<   作成日時 : 2015/11/18 09:14   >>

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★歴史★
問題:団体旅行の歴史はかなり古いようです。日本においては、伊勢神宮参詣や大山詣りの団体旅行が江戸時代には盛んでした。それ以前にもあった可能性が高いようです。
■道者・同者・同社という言葉があるそうです。いずれも「ドウシャ」と読みます。「神社・仏閣・霊場などを連れ立って参詣する人」という意味があります。室町時代初期に成立したと見られている「義経記(ギケイキ)」という書物には、次のような文章があるらしい。「師長・大納言殿よりして、百人道者附け奉りて、三の山の御参詣を事故なく遂げ給ふ」*2。藤原師長(もろなが)は平安時代末期の公卿だそうです。当時の旅は追い剥ぎや山賊などに狙われます。道も整備が不十分でさまざまな危険があったようです。みんなで行けば恐くなかったのかな。
■落語の「大山詣(おおやままいり)」もそんな団体旅行のお話です。上方落語でいえば「百人坊主」でしょうか。落語のほうは江戸時代後期のお話です。ここでも道者という言葉が使われています。先年亡くなった人間国宝桂米朝(べいちょう)師「百人坊主」の枕では、「大坂の道者がいちばん各地の宿屋で評判が悪かった」というお話が出てきます*5。
■大坂の団体旅行者はすれていたようです。接客に不満を持つと宿屋に悪さをしたとのこと。今では従業員に土下座をさせ、写真をとり、ネットに投稿するのが流行ですが、昔は一味違う悪戯をしたらしい。畳をめくってそこに排便をする。畳を戻しておくと、悪臭はするものの、どこから臭ってくるのかがわからない。威力業務妨害というのでしょうか。一種の犯罪かな。
■もちろん西洋でも団体旅行は昔からあったのでしょう。聖地巡礼という宗教がらみの形だったのかもしれませんし、純粋にお楽しみの観光旅行だったのかもしれません。
■本日のクイズは団体旅行の究極の形、世界一周団体旅行がいつごろ誕生したのかという問題です。もちろん、マゼランの部下たちが世界一周を果たす前には、その団体旅行もなかったでしょうね。地球が丸いこと自体が疑われていました。西に西に、あるいは東に東に向かうと、いつかは世界の果ての滝のような場所に落ち込んでしまう。そう考えられていた時代には、世界一周旅行はありえません。
■15〜17世紀の大航海時代を過ぎて、別大陸への移動が冒険ではなくなったころから、世界一周旅行は可能になっていきます。では、実際に世界一周旅行の企画が立てられ、客が集まり、実施されたのはいつごろのことだったでしょうか? 次の中から選んで下さい。
[い]18世紀前半(バッハが活躍していたころ)
[ろ]18世紀後半(モーツァルトが活躍していたころ)
[は]19世紀前半(ベートーベンが活躍していたころ)
[に]19世紀後半(チャイコフスキーが活躍していたころ)
[ほ]20世紀前半(ガーシュウィンが活躍していたころ)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]19世紀後半(チャイコフスキーが活躍していたころ)
説明:1872年(明治5年)年の秋に世界一周の団体観光旅行が実施されたそうです。主催者はトマス・クック。よく聞く名前ですね。最初の世界一周は、リバプール→ニューヨーク→サンフランシスコ→日本→中国→シンガポール→インド→スエズ運河経由でイギリスという経路だったらしい。222日で4万km以上を移動する大旅行だったようです。
■Wikipediaのトマス・クック・グループの項によれば、同社は旅行代理業の草分け的な存在らしい。御先祖様は中世に聖地巡礼旅行の斡旋を行なっていたようです。19世紀の経営者トマス・クックは伝道師でもあったようです。禁酒運動に情熱を傾けていたらしい。素町人個人としては好きになれそうもないタイプです。
■禁酒運動の大会に信徒を数多く送り込みたい。鉄道切符の一括手配を考え出したそうです。当時はまだ高価だった鉄道ですが、団体割引で安く乗れるようにしたわけですね。1841年(天保(てんぽう)12年)のことだったらしい。
■団体割引で販売を伸ばし、味をしめたのでしょうか。一般の団体旅行も手掛け始めます。やがて英国内だけでなく、欧州への団体旅行も始めます。そして明治5年(1872年)の史上初の世界一周団体旅行へとつながっていきます。
■交通手段や宿泊施設を手配しなければなりません。目的地との通信手段が必要です。大西洋が海底ケーブルで結ばれ、欧州と米国が電信でつながったのは1866年(慶応(けいおう)2年)のことだそうです。日本が国際的な通信網に加わったのは、1871年(明治4年)だったらしい。ロシアのウラジオストックから長崎へ海底ケーブルが敷設されたとのこと。シベリア経由で欧州、さらに大西洋経由で米国ともつながったらしい。電信の普及が世界一周旅行を可能にしたともいえるのかな。
■世界一周旅行となれば、外国為替の業務も必要です。トマス・クックはこの事業も自分たちで立ち上げ、軌道に乗せたようです。
■フランスの作家ジュール・ヴェルヌは、クックが実際に旅行している最中に、有名な「八十日間世界一周」を連載したそうです。参考資料*1の荒俣宏説によれば、「同時期に実施されたトマス・クックの世界一周団体旅行を諷刺する『机上の旅行』だった」とのこと。
■「Wikipediaの八十日間世界一周の項には次のように記されています。「トーマス・クック社主催による世界一周ツアーの第1回目が行なわれている最中であり、ヴェルヌ家の記録によると、ヴェルヌはこれに刺激されて本作を書いたとされるが、クック社によるツアー広告が出たのは1872年5月、ヴェルヌが小説の執筆を始めたのは同年3月末であり(元になった戯曲をエドゥアール・カドルと共に制作し始めたのはそれ以前)、事実ではない」*4。ただしこの文章の大部分には下線が引かれており、要出典と記されていました。
■なお、・クックが世界一周団体旅行を実施した3年後の1875年(明治8年)、チャイコフスキーはピアノ協奏曲第1番を完成させています。いまでもCMその他で使われる有名な旋律です。

◆参考*1:書籍「奇想の20世紀」初版96〜104、139頁、荒俣宏著、ISBN4-14-080555-2、日本放送出版協会
◇*2HP「義経記 巻第三」
http://www.st.rim.or.jp/~success/gikeiki_03.html
◇*3HP「電信 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E4%BF%A1#.E5.A4.A7.E8.A5.BF.E6.B4.8B.E6.A8.AA.E6.96.AD
◇*4HP「八十日間世界一周 - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%8D%81%E6%97%A5%E9%96%93%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E5%91%A8
◇*5HP「落語でときどき聞く「道者(どうしゃ)」ってどんな人のこと? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200511/article_98.html

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コメント(2件)

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トマス・クック。
世界一周旅行だけでなく、外国為替もとは、かなりの商売人だったんですね。
ヴェルム・・・先にやっていれば・・・と思ったかもしれませんね。
ねこのひげ
2015/11/22 09:52
コメントをありがとうございます。

 トマス・クック社の先祖は、聖地巡礼の便宜提供を生業としていたようですので、日本で言えば伊勢神宮の御師(おんし)にあたるのかも。
 平安時代の末期からそうした御師と似たビジネスモデルはあったようですから、日本の旅行代理店にもその流れをくむ企業があってもよさそうですが。あまり聞きませんね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/11/22 13:27

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