町人思案橋・クイズ集

アクセスカウンタ

zoom RSS 血液が循環していると主張した最初の西洋医はどこの国の人なの?

<<   作成日時 : 2015/10/02 08:24   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

画像
★科学★
問題:天文学において、天動説はコペルニクスやガリレオ・ガリレイに覆(くつがえ)されてしまいました。物理学において、10倍重い物は10倍速く落ちるという主張はガリレオ・ガリレイ氏に覆されてしまいました。
■近代の科学者たちによって、その主張の多くが覆(くつがえ)されてしまった古代ギリシャの賢人アリストテレス氏は、生物学や医学においても、さまざまな主張をしていたらしい。残念ながら、それらの多くもまた、近代の科学者によって覆されてしまったようです。
■たとえば、アリストテレス氏はニワトリの発生をつぶさに観察したらしい。最初に姿を現したのは、つまり目に見えたのは心臓だったようです。アリストテレス氏は、心臓こそが精神が宿る重要な場所であると考えたとのこと。でもアリストテレス氏の師匠筋にあたるプラトン氏は、脳にこそ精神は宿ると考えていたようです。21世紀の定説からみれば、プラトン氏のほうが正しいことになりそうです。
■アリストテレス氏の説によれば、「脳は血液を冷やす機関」とのこと。なぜそんな結論を得たのかはわかりません。でも、アリストテレス氏の説は、天動説にせよ、心臓に精神が宿るという説にせよ、1500年以上に渡って、西欧の人々を支配し続けたようです。
■西欧の人々は、体の中心で血液は生成され、心臓によって手や足に送られ、そこで消費されて消えると長い間考えていたそうです*3。でもある医学者が実験してみたら、そんなことはありえないとわかっちゃったらしい。実験したお医者さんは、血液は体内を循環しているのだ…と、21世紀においては小学生でも知っている事実に気がついたようです。
■アリストテレス氏の定説に刃向かうのは、宗教裁判を受けたガリレオ・ガリレイ氏をあげるまでもなく、危険なことだったようです。でも、このお医者さんは主張を曲げなかったようです。循環説を提唱してから33年後。カエルの動脈と静脈をつなぐ毛細血管が観察され、血液の循環が顕微鏡下で確認されたとのこと。
■では、動物の血液は循環しているという、当時にしては斬新な主張をした医学者は、次のどの国の人だったのでしょうか? 
[い]イギリス
[ろ]フランス
[は]オランダ
[に]イタリア
[ほ]ベルギー
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★科学★
正解:[い]イギリス
説明:このお医者さんの名前はウイリアム・ハーベーといいます。1578年(天正(てんしょう)6年)に生まれ、1657年(明暦(めいれき)3年)に亡くなっています。自然科学者ガリレオ・ガリレイや哲学者ルネ・デカルト、さらには脚本家ウイリアム・シェークスピアともほぼ同時代の人ですね。林檎科学者アイザック・ニュートンは、ハーべーが亡くなる15年前に生まれています。だいぶ年の離れた後輩かな。
■ウイリアム・ハーべーは、ある動物の心臓を手に入れ、片方の心室に水を満たしてみたらしい。その体積を測ってみたようです。次に平均的な心拍数を計ります。心室の体積×心拍数で、心臓から送り出される血液の量を推定したようです。彼の推定によれば、その動物は1時間に10リットルの血液を全身に送り出しているとのこと。1日あたりでは240リットルになります。これはおかしい。1日に240リットルもの血液を生成する能力は、クジラならともかく、ハーべーが対象に選んだ哺乳類ではとても作れそうにない。血液はひょっとしたら循環しているのではないか。実験を重ねて確信を得たハーべーは、1628年(寛永(かんえい)5年)に血液循環説を発表したらしい。激しい反論を受けたようです。
■ハーべーがどんな動物で実験したのかはわかりませんでした。人間ですと、1分間で4リットル〜8リットルぐらい。1時間では240リットル〜480リットルぐらい。1日では6000リットル弱から1万リットル強ぐらいだそうです。勝手な推測ですが、ハーべーが実験台にした動物は、マウスかモルモット、子豚、あるいは小型犬などの小さな哺乳類だったのかな。
■ウイリアム・ハーべー氏は、ケンブリッジ大学で学んだのち、イタリアのパドヴァ大学に留学しています。当時はガリレオ・ガリレイ氏もいましたし、イタリアは科学の中心地だったのかもしれません。ファブリキウスという解剖学者に師事して医師免許を取得したようです。帰国後は名医の評判を得て国王ジェームズ1世やその後継者であるチャールズ1世の侍医を務めたとのこと。ちなみにジェームズ1世の前はエリザベス1世。生身の男性とではなく、国家と結婚していると証言した女王ですね。
■ウイリアム・ハーベー氏はまた、もうひとつのアリストテレスの主張を打破しています。それは「胎児は月経血から生じる」というものでした。ハーベー氏は鹿の交尾から発生までを観察して、哺乳類も卵(卵子)から生まれると主張したようです。残念ながら哺乳類の卵は見つけられなかったようですが、「すべては卵から」という言葉を残したようです。
■余談です。ルネ・デカルト氏は、「我思う、ゆえに我あり」という言葉で知られる哲学書「方法序説」の第5部で、なぜか心臓の仕組みや働きについて自分の考察を記述しています。「方法序説」は1637年(寛永(かんえい)14年)に成立しているようです。ウイリアム・ハーベー氏の発表から10年近く経過してからのようですね。このころは心臓の研究が知識階級の間で流行っていたのかな。
■「方法序説」の中には「静脈から出る血液」という表現があります。現代の定説では、肺からの静脈を含めてすべての静脈は心臓に血を戻しているはずです。ルネ・デカルト氏はハーベー氏の循環説とは異なる見方をしていたように思われます*4。また、「血液は心臓を通るときに薄くなり、いわば蒸留される」なんて表現もあります。現代の定説とはだいぶかけ離れた意見を持っていたらしい。
■なお、西洋医学が血液の循環に気付いたのはハーベー氏が最初のようですが、アラビアとか日本・中国にも独自に発達した医学があります。それぞれの医学者たちが血液の循環を発見したのは、ひょっとしたらハーベー氏よりも早かったかもしれません。いまのところ、その証拠は見つかっていないようですけど。
◆参考*1:*HP「http://www.neurocreative.org/jp/wp-content/uploads/2011/06/第%EF%BC%93回「血液と循環」2.pdf」
http://www.neurocreative.org/jp/wp-content/uploads/2011/06/%E7%AC%AC%EF%BC%93%E5%9B%9E%E3%80%8C%E8%A1%80%E6%B6%B2%E3%81%A8%E5%BE%AA%E7%92%B0%E3%80%8D2.pdf
◇*2HP「ウイリアム・ハーベー - Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%BC
◇*3番組「地球ドラマチック 血液の不思議〜知られざる驚異の力」150831NHKEテレ1東京、17分24秒前後から、NHK
◇*4書籍「方法序説」文庫初版57〜79頁(第5部)、ルネ・デカルト著/谷川多佳子(たかこ)訳、ISBN4-00-336131-8、岩波書店

ぬけられます→科学雑学クイズ一覧

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
漢方も見直されているし、麻酔を一番最初にしたのは日本人ですからね。
西洋医学が必ずしも優れているとは言えませんね。
腹腔内手術で30人殺した医者もいますからね。
ねこのひげ
2015/10/04 09:53
コメントをありがとうございます。

 なるほど。華岡青洲は、当時の世界最先端の乳癌治療をしていたわけですね。
 昔聞いた話では、種痘に似たことはアラビアやアジアで伝統的に行なわれていたとか。たとえば「天然痘にかかった人間の瘡蓋(かさぶた)を乾燥、粉末状にして鼻から吸い込む」という療法はジェンナーの100年前に日本で実施されていたそうです。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/10/05 00:23

コメントする help

ニックネーム
本 文
血液が循環していると主張した最初の西洋医はどこの国の人なの? 町人思案橋・クイズ集/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる