町人思案橋・クイズ集

アクセスカウンタ

zoom RSS 江戸時代にもあった大安売り。バーゲンセールに出されたのはどんなもの?

<<   作成日時 : 2015/10/21 08:22   >>

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

画像
★歴史★
問題:バーゲンセールは主婦の大好物と言われます。主婦だけではありません。誰でも同じ商品なら安いほうがいい。あまり遠くまで行くのはいやですし、人を押しのけてまで手に入れる元気はありませんけど。
■江戸時代にも大安売りはあったようです。チラシを配り、「お知り合いの方々へもご吹聴下さるようお願い申し上げます」などと口コミを依頼し、価格表を掲示します。
■嘉永(かえい)4年(1851年)にも、そんなチラシが大々的に配られたようです。表には屋号が記され、裏には安売りをしても儲かる理由と商品が半額の価格表、そして口コミ依頼が記されていたらしい。残念ながらこの安売りは幕府と通じたある業界団体から横槍が入り、長くは続かなかったようですが。
■ではペリー来航の2年前に実施された大々的な安売りとは次のどれでしょうか?
[い]上方発新興呉服店の江戸進出を記念した帯の安売り
[ろ]見習い修業中の按摩によるマッサージ店
[は]幕府や大名を取引相手としていた献残屋(けんざんや、中古進物販売)
[に]開店したばかりの質屋の利息の割り引き
[ほ]吉原の遊女屋のバーゲンセール
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]吉原の遊女屋のバーゲンセール
説明:外国船が次々と来航していた嘉永(かえい)4年(1851年)ごろ、吉原では女郎屋が経営不振をかこったらしい。客足が遠のいたのかもしれません。また、茶屋の力が強くなり、客をまわしてもらうためのリベートなどの出費が増えたらしい。女郎屋の経営を圧迫したようです。
■ちなみに茶屋は玉露や焙じ茶を売る店ではありません。旅人が立ち寄る峠の茶店とも異なります。また現代の喫茶店と似ていると言われる水茶屋(みずぢゃや)とも異なります。飲食をさせることもありますが、おもに客の取次をする役割を持った場所です。
■客は相撲茶屋にまず行き、少し休んで疲れを取り、荷物などを預け、相撲見物に向います。軽い飲食もすることがあるでしょうけれど。芝居茶屋の場合も同じ。吉原の場合は、引き手茶屋と呼ばれたらしい。落語「明烏(あけがらす)」などでも紹介されているように、まずはここに寄って一休みし、茶屋の女将と相談して花魁を指名したりするらしい。そこから妓楼(ぎろう、女郎屋/遊女屋)に登楼するとのこと。
■余談ですが、知り合いに「ジョギング茶屋」を計画した人がいました。皇居の周辺でジョギングを楽しむ人たちが立ち寄ります。服を着替えて準備体操をし、計器類や音楽系の携帯機器を借り、ジョギングに出発します。終わって戻ったら借りた物を返し、汗にまみれた衣類を預けて次回までに洗濯してもらいます。シャワーを浴びて、服を着替える。そんなサービスだそうです。話はポシャったようですけど。
■閑話休題。いつのころからか、引き手茶屋の力が強くなったらしい。このままではやっていけない。我慢しきれなくなった一部の女郎屋、たとえば京町二丁目角にあった大和屋の主人石之助(いしのすけ?)は、江戸市中に引き札(チラシ)を撒いたらしい。次のような内容だったそうです。
---最近、吉原はお客様が少ない上に茶屋を通して来られるお客様には遊女屋が多額の割戻しを支払わなければならず、自然、お客様のあしらいも悪くなり、ますます客足が遠のくありさまでございます。当大和屋はこの習慣を止めまして、今後、茶屋を通して来られるお客様は一切お引受け致しません。その上で遊び代を下げ、お徳用の遊女をたくさん仕入れ茶屋に割戻しを払ったつもりで、その分、お客様にご満足頂けるあしらいを致します。昼間だけでなく夜も賑々しくお遊びにお出でください。尚、このことをお知合いの方々へもご吹聴下さるようお願い申し上げます*1。
■引き手茶屋との絶縁宣言らしい。そのかわり、半額にするとして、料金表が付されていたようです。座敷持ちの女郎で1分(1両の4分の1)→3朱(しゅ、1分の4分の1)。25%の値引きかな。揚新造(あげしんぞ(う))は2朱→1朱。半額ですね。お酒は正宗印の飲み放題、肴も沢山お出しします。お気に召さない場合はなんどでもお取り替えします…とのこと。いわゆるチェンジOKなのかな。
■大和屋に遅れじと、角町の万字屋茂吉(もきち?)、若狭屋豊次郎(とよじろう?)、京町二丁目の金沢屋兵助らが同じようなチラシを配って宣伝したらしい*1。
■残念ながら、この運動は引き手茶屋の抵抗にあいます。ボイコットされた連中は奉行所に訴え出たらしい。大和屋を始めとする女郎屋は営業停止3〜10日の処分を受けたそうです。
■なお、参考資料*2によれば、吉原の遊郭が不況に陥ったのは、芸者が女郎の領分を侵したからだといった意味のことが記されていました。芸は売っても身は売らぬのが本来でしたが、芸者がみんな私娼化したために公娼が売れなくなったということでしょうか。どちらが正しいのか。あるいは両方正しいのか。素人には判定がつきません。いずれにせよ吉原は不景気であり、女郎を安売りしなければならなかったという点では共通するようですね。
◆参考*1:書籍「大江戸かくれ話事典」初版49〜50頁、平田公(ひらた こう)著、ISBN4-7947-0288-4、叢文社
◇*2HP「稼げなくなった女性を安売り! 客を芸者に奪われた遊郭の最後の切り札は「お徳用遊女」 | 「マイナビウーマン」」
http://woman.mynavi.jp/article/150509-39/

ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
吉原はことに及ぶまでが大変ですからね。
本番だけでいい方としては簡単な方に行ってしまいますね。
ねこのひげ
2015/10/25 07:09
コメントをありがとうございます。

 落語によると、江戸では「まわし」といって1人の女郎が一晩に複数の客をとることも許されていたようですね。当然、金は払ったけれど、目的は達成できない客がたくさんいたようです。江戸は男性の多い市場なので、それでもやっていけたのかもしれません。
 上方では、客と女郎は一対一なんだそうです。欲求は必ず解消されたのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/10/25 08:31

コメントする help

ニックネーム
本 文
江戸時代にもあった大安売り。バーゲンセールに出されたのはどんなもの? 町人思案橋・クイズ集/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる