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zoom RSS 江戸時代北町奉行に持ち込まれた男と女の訴訟。「偽の証拠書類」はどんな物だったの?

<<   作成日時 : 2015/07/25 08:56   >>

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★歴史★
問題:依田和泉守(よだいずみのかみ)という北町奉行は、宝暦(ほうれき)3年(1753年)から明和(めいわ)6年(1769年)まで、16年ほど奉行として奉職したらしい。その間には、明和(めいわ)4年(1767年)の明和事件を裁き、山縣大弐(やまがた だいに)らを死刑に処したそうです。
■山縣大弐は「柳子新論(りゅうししんろん)」という著書で、「士農工商は階級ではない。単なる職務上の分担」と平等論を唱え、危険思想の持ち主として捕まってしまったようです*2*5。平成の世の中ではごく当たり前のことですけれど。山縣大弐を「日本で初めて民主主義を唱えた人物」と見る人もいるらしい。
■明和事件に関しては、現在の人から見れば納得しにくい処断を下した依田和泉守ではあります。でも、なかなか面白い判例も残し、後世に語り継がれているらしい。
■ある日、北町奉行所に訴え出た町人がいます。娘が不縁となり嫁ぎ先から帰された。でも、嫁入り道具を返してくれない。お上の御慈悲をもって取り返していただきたいというものでした。
■さっそく開廷します。「その方、妻を離別致しながら、なにゆえ嫁入り道具を返さぬのか。いかに町人とは申せそのような卑しきことはせず、早々に道具を親元へ返すように致せ」。今もそうですが、当時も嫁入り道具はカミサンに所有権があり、離婚の際には所有者が持ち帰るのが普通なのでしょうね。
■「恐れながら申し上げます。お奉行様は、元妻の言い分ばかりをお聞きなされます。でも、彼女は私の嫁になって3年と言うもの、命にかかわる大病ばかり致してきました。持参した道具はみな人参代として売り払ったのでございます」。
■奉行は言います。「元亭主の申すことがまことであれば、病気を治すため、道具を売り払ったのは致し方のないことじゃ。諦めるがよい」。
■ところが、元妻もその父親も、病気など全くしたことが無いと申し立てます。親類や縁者たちも口を揃えて同じことを言ったらしい。
■奉行は元亭主に問いただします。「その方、奉行をないがしろに致すのか。偽りを申すと容赦はせぬぞ」。元亭主は懐中から文書の束を差し出します。「御奉行様。嘘でない証拠がここにございます。とくとご覧下さい。人参代の領収書でございます」。
■このとき、元亭主が提出した書類の束は、人参の領収書ではなかったらしい。でも、亭主の主張はもっともだと奉行が納得するような書類だったようです。では、その書類とは、次のどれでしょうか? 
[い]女房の名の記された質札
[ろ]女房が借りまくったお金の借用証
[は]亭主が早く死ぬようにとの呪詛(じゅそ、呪い)の文
[に]亭主の悪口を書いた手紙
[ほ]恋人からの恋文
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]恋人からの恋文
説明:差し出された文書をじっくり読んだ北町奉行は、次のように言います。「これはまことに人参代の受取りに相違ない。元亭主、その方の致し方、武士に劣らぬあっぱれなもの。元妻の父親、これへ参れ。元妻の命に代わる受取りである。手に取ってとくと見よ。これでもなお、お上の手をわずらわすか。得心して早々に立ち帰れ」。
■文書の束を見た元妻の父親は驚きます。3年の間、元妻と密通していた男の恋文です。江戸時代の姦通は、「重ねておいて4つ」にされても文句は言えなかったようです。相場の7両2分払って許してもらうということもできたらしい。ただし、亭主が怒って奉行に訴え出れば、捕縛されて重罪が課されたそうです。時代によっては死罪もあったのかな。
■元亭主は、そこまですることはないだろうと怒りをおさめ、離縁するだけにしたらしい。それなのに元妻は図々しくも花嫁道具を返せといいだしたわけですね。北町奉行が「その方の致し方、武士に劣らぬあっぱれなもの」と褒めたのは、姦通事件をおおやけにせず、穏便に済まそうとした元亭主の気配りが立派だと認めたらしい。北町奉行も元亭主の宥恕(ゆうじょ、寛大な心で許すこと)を見習い、密夫・密婦を罰することをしなかったそうです。
■なお、北町奉行で依田姓なのは、依田和泉守政次(まさつぐ)という人物だけのようです*4。参考資料*3には豊前守と記されていましたが、和泉守のことだろうと勝手に推測し、勝手に変えて紹介しました。もし間違いだったらご勘弁を。
◆参考*1:HP「依田政次 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%9D%E7%94%B0%E6%94%BF%E6%AC%A1
◇*2HP「山県大弐 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E5%A4%A7%E5%BC%90
◇*3書籍「大江戸かくれ話事典」初版38〜39頁、平田公(ひらた こう)著、ISBN4-7947-0288-4、叢文社
◇*4HP「町奉行 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BA%E5%A5%89%E8%A1%8C
◇*5HP「山県大弐という革命オジサンは江戸時代に「人は皆平等だ」と言い放ったの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200512/article_10.html

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コメント(2件)

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なかなか、粋なお奉行様だったようですね。

明和事件・・・時の絶対権力者たる幕府の決めたことに反旗を翻したとあっては救いようがなかったという事ですかね。
ねこのひげ
2015/07/26 05:24
コメントをありがとうございます。

 昔、「柳子新論」を読んだことがあります。といっても、漢文なので、想像力を働かせていくわけですが。
 たしか、体裁としては「古い書物を見つけた。それを紹介する」といった形でした。つまり、自分や関係者に弾圧が及ぶのを恐れていたらしい。
 言論の自由がない時代はなかなか大変なようですね。言論の自由が乱用される時代も大変ですけれど。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/07/26 23:46

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