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zoom RSS 自分の母親を勘当した武将とは誰なの?

<<   作成日時 : 2015/06/03 08:51   >>

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★歴史★
問題:落語の「廿四孝(にじゅうしこう)」にはカミサンのみならず、自分の母親にまで離縁状を渡そうとする乱暴な人物が主人公です。親を勘当しようしているわけですね。
■主人公は口が悪い。唐傘ババアだの提灯ババアなどと、自分の親に悪口の限りを尽くします。唐傘ババアは縦にシワがよっているらしい。提灯ババアは横にシワがよっているそうです。演者によっては象の耳ババアという言葉も登場します。縦横無尽にシワがよっているらしい。
■もっとも主人公はバアサンは単なる同居人だと思っているフシもあります。「お前のおっかさんじゃないのか」という隠居の問いに、「冗談じゃねぇ」と否定します。でもだんだん問い詰められると、「あれは亡くなった親父の配偶者だった」と白状します。「それじゃ、お前の母親じゃないか」。「そうかねぇ、そんな見当にあたるかねぇ」。「闇夜に火事を見ているわけじゃねえぞ」と隠居は怒り出します。
■落語ではありませんが、平安時代のある武将も、自分の母親は勘当すると言って憚らなかったそうです。仏教だろうが儒教だろうが、親不孝は悪徳でしょう。かなり思い切った発言かと思われます。では、この親を勘当すると宣言した武将とは次の誰でしょうか?
[い]坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ、阿弖流爲(アテルイ)を捕縛)
[ろ]藤原秀郷(ひでさと、平将門の乱を平定)
[は]源頼義(よりよし、長元の乱を平定)
[に]源義家(よしいえ、後三年の役に勝利)
[ほ]平清盛(きよもり、平治の乱に勝利)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]源頼義(よりよし、長元の乱を平定)説明:源頼義は、永延(えいえん)2年(988年)に生まれ承保(しょうほう)2年(1075年)に亡くなっています。87歳ぐらいまで生きたようですね。平安時代にしてはとてもご長寿な方です(口絵参照)。同時代の人には、紫式部や清少納言、藤原道長やその息子頼通(よりみち)がいます。最後の人は宇治の平等院鳳凰堂を造らせた人らしい。
■西洋で言えば、英国のゴダイヴァ夫人とかスコットランド王マクベスが同時代人だそうです。前者は全裸で馬にまたがる屈辱に耐えた女性*6。後者はシェークスピアの同名の戯曲のモデルになった人物らしい。
■源頼義のお父さんは源頼信(よりのぶ)。河内源氏の祖と呼ばれています。お母さんは修理命婦(しゅりのみょうぶ?)と呼ばれた女性らしい。頼信と修理命婦の嫡男が頼義だそうです。御曹司です。ちなみに命婦は「五位以上の女官、また五位以上の官人の妻の称」だそうです。源頼信は「従四位上(じゅしいのじょう)」まで行った人らしい。
■修理命婦はなかなか情熱的な女性だったらしい。旦那が地方に単身赴任しているあいだに浮気をして、浮気相手の子供を産んだそうです。
■その子が御随身(ごずいしん、上皇の警備役)兼武(かねたけ?)という人物らしい。そもそも兼武の父親は修理命婦に仕えている女性といい仲だったらしい。いい男だったのでしょうか。修理命婦は「お前の夫を私に逢わせよ」と、パワハラ的略奪行為で密通したそうです。で、孕んで産んだらしい。
■源頼義はその話を聞いて嫌悪感を募らせたのでしょうか。縁を切ったようです。修理命婦が亡くなったあとも、弔うことをしなかったらしい。源頼義は、東北地方で起きた前九年の役では、戦いに敗れ、たった七騎で敗走といった危機もあったそうです。このときに乗っていた大葦毛の馬の供養は欠かさなかったようです。でも母の命日には供養をしなかったとのこと*1。
■なお、源頼信・頼義親子は、平忠常(ただつね)の乱、別名長元(ちょうげん)の乱を平定したらしい。忠常は平将門の叔父の子孫とのこと。千葉周辺で国府を襲ったりしたらしい。長元元年(1028年)に乱が始まっています。朝廷は討伐軍を派遣しますが、苦戦します。長元3年(1030年)に源頼信・頼義親子を派遣すると、平忠常は戦わずして降伏したそうです。どんな事情があったのかな。親子の武勇が有名だったのでしょうか。
■のちに源頼義と息子の義家(よしいえ)は陸奥守として安倍氏と前九年の役(永承(えいしょう)6年(1051年)〜康平(こうへい)5年(1062年))を戦っています。義家の曾孫(ひまご、孫の子)が源頼朝だそうです。ただし、玄孫(やしゃご、孫の孫)であるという説もあるらしい。いずれにせよ、関東・東北に地歩を築いていったいわば頼朝にとっては有り難いご先祖様のようですね*5。
◆参考*1:書籍「古事談」初版183頁、源顕兼(あきかね)原著/志村有弘(くにひろ)訳、教育社
◇*2HP「源頼義 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E9%A0%BC%E7%BE%A9
◇*3HP「平忠常の乱 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%BF%A0%E5%B8%B8%E3%81%AE%E4%B9%B1
◇*4HP「源頼信 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E9%A0%BC%E4%BF%A1
◇*5HP「昔なつかしい謎々の問題。泥棒がもっている3本の足とは? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201505/article_13.html
◇*6HP「西洋版出歯亀、ピーピーグ・トムの話の発端とは? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200601/article_3.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
このころの女性はけっこうたくましいですね。
常盤御前なんかも別の男性と結婚してますし・・
二度三度と結婚しているのもざらにいますね。
ねこのひげ
2015/06/07 05:02
コメントをありがとうございます。

 平安時代は女性が活躍していますね。戦乱の世は男性社会なのでしょうけれど、平和の世では女性にも舞台が与えられるのかな。
 関係あるかどうかわかりませんが、アメリカのウーマンリブも、「そんなに平等を主張するなら、ベトナム戦争に一緒に行こうじゃないか」と言われたら、途端にしぼんでしまったと聞きますね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/06/07 19:18

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