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zoom RSS 承応(しょうおう)の変を密告した武士。どんな対応が待っていたの?

<<   作成日時 : 2015/05/30 08:50   >>

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★歴史★
問題:承応の変は、慶安(けいあん)5年9月13日(1652年10月15日)に露見した一種のクーデター未遂です。事件から5日後、1652年10月20日に承応元年と改元されました。
■厳密に言えば事件の発生は慶安年間です。だから慶安の変と呼ぶべきかもしれません。でも、由井正雪(ゆい しょうせつ)や丸橋忠弥(ちゅうや)が企んだもうひとつのクーデター未遂事件と同じ名前になってしまいます。こちらは前年、慶安(けいあん)4年(1651年)に露見しています*6*7。後から起きたほうは取り調べや裁判、処刑は承応年間に入ってから。だから、承応の変と呼ぼう。そんなことになっちゃったのかな。
■承応の変では陰謀に加わるよう説得された1人の武士が、当時の幕政を仕切っていた老中首座松平信綱(のぶつな)に密告したことから、全員の逮捕につながりました*8。幕府に反逆しようと企んだのは別木庄左衛門(べつき しょうざえもん)を首謀者とするグループでした。ちなみに口絵は、芝居に登場する松平信綱です。何代目かの市川團十郎が演じている政治家の役者絵らしい。
■では、別木庄左衛門らにとって憎むべきこの密告者の武士は、幕府からどのような処分、あるいは報奨を受けたのでしょうか? 次の中から選んでください。
[い]密告は武士としては一番恥ずべき行為であるとして切腹を命ぜられた
[ろ]切腹を命ぜられたが、跡継ぎは加増(かぞう、給料増額)された
[は]江戸から追放されたが、旅支度として100両が贈られた
[に]とくに何の罰もなく、また報奨もなかった
[ほ]500石という高禄で幕府の御家人として採用された
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]が正しい
説明:当時、密告は奨励されていたようです。で、「500石という高禄で幕府の御家人として採用された」とのこと*2。長島刑部左衛門(ぎょうぶざえもん)という人物だそうです。
■もともとは普請奉行である城半左衛門(じょう はんざえもん)の家臣だったそうです。雇用契約は城さんとの間にかわされた私的なものだったようですね。密告のご褒美として幕府と直接の雇用契約に変更になり、私企業の1社員から国家公務員に転身しちゃったようです。身分が安定しました。
■別木庄左衛門らは、徳川秀忠夫人崇源院(すうげんいん、お江)の27回忌が増上寺で営まれるのを利用し、放火して金品を奪い、老中を討ち取る計画を立てたらしい。でも失敗に終わりました。
■500石がどれほどの高禄だったのか。薩摩藩の事情を記したHPによれば、「上級武士である『城下士』は鹿児島城下に居住を許され、人数は四千三百人、禄高は平均七十八石五斗」だそうです。薩摩藩は、給料が安いことで知られているようですが*4、それでも平均の6倍以上ならば、かなりの高禄と見ていいのでしょう*3。現代でいえば、サラリーマンの平均年収が400万円余りですから、2400万円以上の年収になるのかな。
■ちなみに仮名手本忠臣蔵の大星由良之助のモデル、赤穂藩永代家老大石内蔵助は1500石とのこと。脇差を振り回す浅野内匠頭を抱き止めた梶川与惣兵衛(よそべえ)という旗本は、その功績により500石の加増になったらしい。
■500石で十分余裕のある暮らしができたかどうかはわかりません。500石なんてとっていると、それなりに雑用係も雇わねばならないらしい。家賃は安かったようですが、体面を保つためにいろいろ経費もかかったのかも。
■前年に起きた慶安の変も密告者によって計画は潰(つい)えています。このとき、直接の密告者である奥村八左衛門(はちざえもん)とその従弟奥村七郎右衛門(しちろうえもん)は300石の御家人として召し抱えられたらしい。林理左衛門(りざえもん)という人物も密告したらしく、こちらは500石で召し抱えられたらしい*5。みんな松平信綱に届けたようです。
■さらに奥村権之丞(ごんのじょう?)という人物、奥村八左衛門の兄貴で奥村家当主は、500石の加増で1000石の知行取りになったそうです。弟たちの功績が評価されたのかな。
■密告はおいしい。当時の武士たちはそう思ったかもしれません。誰か拙者にも陰謀加担を勧誘してくれまいものか。なんてね。まさかそんなことは思わないでしょうけれど。
◆参考*1:HP「承応の変 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%BF%E5%BF%9C%E3%81%AE%E5%A4%89
◇*2書籍「江戸の醜聞事件帖」文庫初版207〜210頁、中江克己(かつみ)著、 ISBN978-4-05-901265-8、学研パブリッシング
◇*3HP「http://page.freett.com/sukechika/ishin/sonnoh/set05-4.html」(薩摩藩についての記述)
http://page.freett.com/sukechika/ishin/sonnoh/set05-4.html
◇*4書籍「大江戸なんでもランキング」初版136〜138頁、中田節子著、 ISBN 4-09-626065-7、小学館
◇*5HP「慶安事件と丸橋忠弥  5 - 小説の孵化場」
http://blog.goo.ne.jp/kagamigawa/e/f5b9fcf345cf448bad512d7d54055e10
◇*6HP「慶安の変が露見した日。由井正雪はどんな出自の人物だったの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201309/article_6.html
◇*7HP「江戸時代前期。徳川家康の甥っ子はどんなことをして世間を驚かせたの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201505/article_6.html#comment
◇*8HP「殉死しなかったからと揶揄(やゆ)された武士は誰なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200906/article_36.html

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コメント(2件)

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やっぱり、密告して罰せられたんでは、誰も密告しないでしょうね。
貰うものを貰えればこそですね。
ねこのひげ
2015/05/31 06:30
コメントをありがとうございます。

 現在でも、一党独裁を含めて独裁政治の国々では密告が奨励されていると聞きます。
 密告=善という観念が染みついていれば、裏切りとか背信からくる良心の呵責も軽減されるのでしょう。
 でも、仲間や知り合いを売るというのは、なかなか大変なんでしょうね。米国の赤狩りの際のエリア・カザン監督は、半世紀が過ぎてもひどく恨まれていたらしい。
 どうせならそのとき米国を去ったチャップリンのように、被害者側に回るほうが少しはマシなのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/05/31 07:57

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