戦前の決まり文句。「天勾践(こうせん)をむなしうするなかれ」。どんな意味なの?

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★日本語★
問題:落語の「道灌(どうかん)」をご存知でしょうか。太田道灌が狩りに出てにわか雨に降られてしまいます。農家を見つけ、雨具を貸してくれと頼みます。少女が出てきて山吹の花を一枝渡します。道灌公は意味がわかりません。家来の中にこの謎を解いた者がいました。「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき」という古い歌に掛けているのでしょう。つまり、「お貸しする簑(みの、雨具)が一つもありません」という意味でしょう。道灌は納得して、ああ余はまだ歌道に暗い、と嘆くわけですね*3。
◇*HP「簑 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E7%B0%91&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=qbG7VOCgPOS1mwXShYGoCg&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1280&bih=599&dpr=1.5
■話が本題に入る前に、ちょっと不思議な言葉が登場します。「天勾践をむなしうするなかれ。時に范蠡(ハンレイ)なきにしもあらず」。これは児島高徳(たかのり)という武士が桜の木に書きつけたという言葉です。
■実はこの言葉は戦前にはたいへん知られた決まり文句だそうです。文部省唱歌の「♪児島高徳」という歌もつくられており、この台詞が入っているらしい*1。
◇*1HP「文部省唱歌「児島高徳」(歌詞)」
http://www.geocities.jp/sybrma/191kojimatakanori.syouka.html
■この言葉は、歴史上たいへん有名な人物に向けて発せられたらしい。では誰に向かって投げかけられたのでしょうか?
[い]平清盛
[ろ]祟徳上皇
[は]後鳥羽上皇
[に]北条時政
[ほ]後醍醐天皇
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:[ほ]後醍醐天皇
説明:「太平記」によると、後醍醐天皇が隠岐に流されていたとき、児島高徳という武士が自分の志を示すために桜の幹に書きつけたそうです。
■勾践は、中国の春秋時代(紀元前770年~同453年)に生きていたという越の王様です。「臥薪嘗胆(ガシンショウタン)」という四字熟語の由来となった故事の主人公です。
■「呉越同舟(ゴエツドウシュウ)」という四字熟語もあるように、呉と越は反目しあっていたようです。呉の王様闔閭(コウリョ)と越の王様允常(インジョウ)のころ、戦いは激しさを増したらしい。允常が没して息子の勾践が越の王様になると、呉王闔閭は越に攻め込みますが、勾践の策に負けて負傷します。臨終を迎えて太子である夫差(フウサ)に勾践にやられたことを忘れるなと言い残します。
■夫差は越王勾践に対する復讐心を忘れずに富国強兵に務め、やがて勾践を破ります。夫差は安楽な寝台を廃し、薪の上に寝て(臥薪)復讐心を奮い立たせたそうです。追い詰められた勾践は参謀である范蠡の意見に従い、妻は下婢として差し出し、自らは呉王夫差の臣下になりましょうと許しを請うたそうです。
■夫差の名参謀である伍子胥(ゴシショ)は反対しますが、賄賂を贈られた側近たちの勧めもあり、夫差は勾践を許します。
■かろうじて命を救われた勾践は苦い胆(きも)をそばに置き、ことあるごとに胆を嘗め、呉王への報復を誓ったそうです。「嘗胆」の故事らしい。なお、前半の「臥薪」の故事は、司馬遷の「史記」には記されていないとのこと*2。
■やがて国力を盛り返した勾践は、范蠡らの優秀な軍人の助言を受け、ついに夫差を破ります。夫差は自殺します。紀元前473年のことらしい。呉越の戦いはここに終結したそうです。
■范蠡はさっそく勾践の元を離れます。戦争が終われば優秀な軍人も無用の長物になる。その現実をよく知っていたようです。「狡兎(コウト)死して、良狗(リョウク)煮られ、高鳥(コウチョウ)尽きて、良弓(リョウキュウ)蔵る(しまわる?)」。兎がいなくなれば不要になった猟犬は煮られて食べられてしまう。鳥がいなくなれば弓も不要になってしまわれるだけだ。
■自分の立場の危うさを悟っていた范蠡は他国で商人となり、2度にわたり大成功したそうです。去り際を心得ていた范蠡は、中国の歴史上でも珍しいほどに最後まで上手に渡世した人物です。最後は陶朱公(とうしゅこう)と名乗っていたらしい。その後、中国では金満家のことを陶朱公と呼ぶようになり、その資産のことを陶朱の富と称するようになったそうです。中国人の憧れの人物の1人なんでしょうね。
■児島高徳の書きつけた文句、「天勾践をむなしうするなかれ。時に范蠡なきにしもあらず」は、呉越の昔話を前提にしています。児島高徳は自分を范蠡に見立てているらしい。「天は後醍醐天皇を見捨ててはならない。范蠡(のような名参謀)がいるかもしれないのだから」という意味なのかな。
■元弘(げんこう)元年[南朝](1331年)。後醍醐天皇は倒幕を志したものの失敗。捕縛されて翌年、隠岐島に流されます。児島高徳の言葉は、失意の人を励ますためのものだったらしい。
■范蠡は大物ですが、児島高徳という人は、この逸話以外にはあまり聞かない人です。ちょっと背負い過ぎているような気もしますが、心意気はなかなかのものですね。
■余談です。落語でも言っていますが、「桜切る(折る)馬鹿、梅切らぬ(折らぬ)馬鹿」という決まり文句があるそうです。梅は枝を切って落としたほうがよいとされており、桜は枝を切るとそこから腐りやすくなるので切ってはいけないらしい。もちろん幹を削るなどもってのほか。よい子は、口絵のような悪さを真似してはいけません。
◆参考*1:HP「文部省唱歌「児島高徳」(歌詞)」
http://www.geocities.jp/sybrma/191kojimatakanori.syouka.html
◇*2書籍「ことばの散歩道Ⅲ 日中ことわざ雑記」初版120~128頁、上野恵司著、白帝社
◇*3CD「落語教養講座 江戸大百科6 江戸のご隠居『千早振る/道灌』」5分前後、KICH3106、キング
◇*4HP「児島高徳 - Wikipedia」(口絵に使いました)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%90%E5%B3%B6%E9%AB%98%E5%BE%B3

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2015年04月26日 06:41
ワシントンも怒られましたね(笑)
実際には切った方がいいようで、今年の桜が咲く前に、街路樹の桜を植木職人が切っているのを見ました。
我が家の桜も伸びすぎたので切ろうと思ってます。

後醍醐天皇・・・・大きな混乱を引き起こした張本人と言えますね~(*_*)
ねこのひげ様<素町人
2015年04月26日 08:39
コメントをありがとうございます。

 つい最近、桜も切ったほうがいいという話をテレビで流していました。「桜切る馬鹿」の決まり文句は誤りだったのかな。
 江戸時代の吉原でも桜の鑑賞会で人を集めたそうですが、その桜は花見のときだけ移植されたものだと聞きます。季節が過ぎればまたどこかに移したらしい。
 そんな乱暴な扱いかたをしても大丈夫なんですね。
(^^;)

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