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zoom RSS 千両役者2代目團十郎と人気を二分したといわれる寄席芸人。どんな芸で人気だったの?

<<   作成日時 : 2015/04/11 09:16   >>

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★歴史★
問題:江戸時代なかごろの話です。初代の市川團十郎は荒事と呼ばれる勇猛粗暴な正義感の表現で人気を得たそうです。宝永(ほうえい)元年(1704年)、残念ながら、恨みを抱く者に舞台の上で刺殺されたと言われます。よく俳優が「舞台の上で死ねたら」なんていいますけどホントに殺されちゃったんですね。
■2代目の團十郎は元禄(げんろく)元年(1688年)生まれらしい。親父さんが殺されたとき、まだ16歳ぐらいです。力不足な2代目を庇護したのはあの生島新五郎(しんごろう)だったらしい。フリー・アナウンサーの生島ヒロシの先祖…という話はとくにはありません。正徳(しょうとく)4年(1714年)に発覚した江島生島事件で三宅島に島流しにあった名優だそうです*6。
■周囲の応援を得て徐々に成長した2代目團十郎は享保(きょうほう)6年(1721年)に給金千両となったそうです。いわゆる千両役者の仲間入りですね。
■18世紀の中盤には、絶大な人気を誇った2代目市川團十郎です。ところが、この團十郎と人気を二分したといわれる凄い芸人が浅草にはいたらしい。本日のクイズはこの人物についてです。その芸人がやっていた芸とは次のどれでしょうか?
[い]講釈師(講談)
[ろ]浪花節語り(浪曲)
[は]落語家
[に]浄瑠璃語り(義太夫)
[ほ]音曲師(都々逸)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]講釈師(講談)
説明:この芸人の名前は深井志道軒(しどうけん)だそうです。どこかで聞いたことがある名前だと思われた方もおいででしょう。平賀源内の「風流志道軒伝」の主人公だそうです。ただし、かなりの脚色があるようですが。
■深井志道軒は、延宝(えんぽう)8年(1680年)ごろ、京都郊外の農家で生まれたようです。深井は本姓とのこと。姓があるところを見ると、いわゆる水飲み百姓ではなかったかもしれません。もともと聡明な子供だったらしい。強情で理屈好きだったので大人をやり込めることも多かったようです*5。
■12歳のときに奈良の知足院(ちそくいん)で剃髪、仏門入りをします。頭が良かったので何事につけ抜きんでた存在だったらしい。修行中の21歳のとき、壬生狂言を演じたそうです。芸能が好きだったのかな。目立ったことをしたせいか讒言(ざんげん、嘘の密告)をするものがいて寺から追われたらしい。
◇*HP「知足院 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E7%9F%A5%E8%B6%B3%E9%99%A2&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&biw=1097&bih=542&tbm=isch&source=lnms&sa=X&ei=I2YoVbDcJsS4mwWu8oH4CA&ved=0CAgQ_AUoAw&dpr=1.75
■諸国を放浪したあと、江戸にでてしばらくは寺の事務のような仕事をしていたらしい。また小さな寺の住職におさまったこともあったようです。でもだんだん宗教人として暮らすのが嫌になったらしい。ふたたび流浪の生活にはいって、浅草観音の大榎の下で倒れ込んでしまったそうです。
■ふと気付くと、大銀杏(おおいちょう)の下で辻談義している者がいるようです。霊全(れいぜん?)という名前らしいけど、場所が場所なので人々は銀杏和尚(ぎんなんおしょう?)と呼んでいたようです。残念ながら霊全はあまり人気がなかったようです。汚れぎんなんとも呼ばれていたらしい。
■深井志道軒は自分もあれをやってみようと思い立ったらしい。霊全の真似をして葭簀張り(よしずばり)の小屋をつくり、形ばかりの高座をしつらえ、通りかかる人を呼び止めて、軍記物を語りかけ始めました。たちまち人気が出て、霊全は追い払われてしまったらしい。
◇*HP「葭簀張り - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E8%91%AD%E7%B0%80%E5%BC%B5%E3%82%8A&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=sGQoVZLeE8LEmAX5wYDYBw&ved=0CAcQ_AUoAQ&biw=1536&bih=758
■話しぶりは滑稽味を狙っていたようです。軍記物でも間に戯れ言を交えます。表情も豊かだったらしい。勇ましい場面では目を仁王のように見開き、悲しい場面では涙を流して息も絶え絶えに声を出す。男女の睦言の場面では声色を使って細やかに描写したらしい。博識です。話は古今を往来します。武を語り、人情を語り、雅俗入り交じって人を喜ばし、滑稽味を持ち込んで観客を抱腹絶倒せしめたらしい。
■市川團十郎と志道軒が「江戸の二大名物」と呼ばれたことからもその人気の凄さがうかがえます。奥村政信という浮世絵師は志道軒をモデルに版画をつくったらしい。今戸焼きの土産物にも志道軒モデルがあったらしい。
◇*HP「志道軒 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%BF%97%E9%81%93%E8%BB%92&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=yGAoVevnKeSjmwXSk4DYDg&ved=0CAkQ_AUoAw&biw=1536&bih=730#imgrc=_
■祭りの行灯や髪結床の障子にまで志道軒の似顔絵が描かれたそうです。また、多くの本でも紹介されているらしい。星野天知(てんち)という人物は「狂僧、志道軒」という文章の中で、「風刺罵倒の勇弁雨をなぐり風を捲き(まき)、詼譃嘲笑の快弁、山を笑はし人を倒す」とその講釈ぶりを描いているとのこと。「詼譃(かいく?)」は「諧謔(かいぎゃく、滑稽味のある気の利いた言葉)」と似た意味なのかな。
■さらに筆をすすめて「狂が不狂か、不狂が狂か、唯これ其境に在て他境を見るの仮想たるのみ、志道軒栄山は此意味において人世の狂人なり」と記しているそうです。常人の域をこえた芸の世界をつくりだしていたのかな。ただし、星野天知は幕末生まれですので、この文章は伝聞証拠にもとづくもののようですが。
■志道軒は、短い棒のようなものを持って講釈をしたそうです。その棒は男性の陰茎をかたどった長さ8、9寸ぐらいのものらしい。出家と女が大嫌いで、そうした客が入ってくると侮辱の言葉を投げかけて、帰らせたともいわれます。何か恨みがあったのかな。なお、女は客としては嫌いだったようですが、ちゃんと結婚して子供もいたらしい。
■ただし、志道軒の画像群を眺めると、棒はすりこぎみたいな形はしていますが、男根に似せているかどうかはわかりません。中には、女性らしき人物が間近で聴いている様子も描写されています。芸風が徐々にかわっていったのかもしれません。
■平賀源内も志道軒に弟子入りしたらしい。明和(めいわ)元年(1764年)ぐらいのことだそうです。源内は36歳ぐらい。志道軒は85歳ぐらいだったのかな*5。このとき、源内は志道軒の話を出版する許可をとりつけ、「風流志道軒伝」をものしたそうです。
■その翌年、明和2年3月7日に志道軒は亡くなったようです。天寿を全うしましたね。「穴を出て 穴に入(い)るまで 世の中に ととん頓着 せずに楽しめ」というのが辞世の歌だったと言われます。もうひとつ伝わっており、「東より ぬっと生まれた 月日さへ 西へとんとん 我もとんとん」。講釈師らしい「とん」という調子の良さが面白いですね。
◆参考*1:HP「市川團十郎 (初代) - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E5%9C%98%E5%8D%81%E9%83%8E_(%E5%88%9D%E4%BB%A3)
◇*2HP「市川團十郎 (2代目) - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E5%B7%9D%E5%9C%98%E5%8D%81%E9%83%8E_(2%E4%BB%A3%E7%9B%AE)
◇*3HP「生島新五郎 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E5%B3%B6%E6%96%B0%E4%BA%94%E9%83%8E
◇*4HP「深井志道軒 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E4%BA%95%E5%BF%97%E9%81%93%E8%BB%92
◇*5書籍「日本怪僧奇僧事典」初版261〜268頁、祖田浩一著、ISBN4-490-10353-0、東京堂出版
◇*6HP「門限破りの罪に連座して死刑に処された人がいたの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200902/article_43.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
きのう、ユニクロで松竹歌舞伎とコラボしたTシャツを買いましたよ(^^ゞ
団十郎の隈取を写したものだそうです。安売りしていたもので(≧◇≦)
ねこのひげ
2015/04/12 05:50
コメントをありがとうございます。

 歌舞伎とユニクロとは面白いとりあわせですね。隈取りは意匠としても優れものなのでしょう。
 でも、「安売り」ということは、残念ながら飛ぶように売れたというわけではないのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2015/04/12 09:41

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