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zoom RSS 欧州最大級の劇場の失敗。オペラの公演はなぜ受けなかったの?

<<   作成日時 : 2014/12/13 08:22   >>

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★歴史★
問題:フランス国王、ルイ14世は1661年(寛文(かんぶん)元年)にスペイン王女マリア・テレサ、仏国現地の発音ではマリー・テレーズ(・ドートリッシュ)と結婚します。ルイ14世はいわゆる太陽王。王権神授説を採用し、絶対王政と呼ばれるほどに権力を自分に集中させた人らしい。
◇*HP「ルイ14世 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%AB%E3%82%A414%E4%B8%96&biw=1536&bih=796&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=h72KVI7pEsOmmAXnpIGgAw&sqi=2&ved=0CAYQ_AUoAQ
◇*HP「マリー・テレーズ・ドートリッシュ - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=2L-KVJaQEYHcmAWn34CAAw&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1536&bih=796#imgdii=_
■当時の王族たちがほとんどそうであるように政略結婚のようです。マリア・テレサとの結婚は、宰相マザランの意向によるものらしい。マザランはルイ14世の教育係であり、かつ摂政みたいな役回りなのかな。ルイ13世時代のリシュリュー、そしてマザランと、この当時のフランスは王様ではなく、有能な政治家が国を牛耳っていたのかもしれません。
◇*HP「ジュール・マザラン - Google 検索」
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B6%E3%83%A9%E3%83%B3&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&biw=1097&bih=569&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=UcSKVKT5LoLYmAXJyoGoCg&ved=0CAcQ_AUoAg
◇*HP「リシュリュー公爵 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E5%85%AC%E7%88%B5&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=sMSKVNqME8HAmQWxyoLYBQ&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1097&bih=569
ちなみにリシュリー氏はアレクサンドル・デュマの「三銃士」にも重要人物として登場しますね。「三銃士」の続編「二十年後」にはマザラン氏が重要人物として登場するそうです*4。
■マザランという人物はイタリア出身であり、枢機卿でもあったようです。母国のオペラをフランスに導入するのに熱心だったらしい。1647年(正保(しょうほう)4年)、演出家で魔術師という異称のあったジャコモ・トレッリとローマの作曲家ルイジ・ロッシを呼んで「オルフェーオ」という作品を上演したそうです。あいにく失敗に終わったようですが。
■マザランはルイ14世の結婚前後に亡くなってしまいますが、その遺志を継いだ人々がいて、国王成婚記念に、演出家のガスパーレとカルロ・ヴィガラーニ父子、ヴェネツィアの作曲家フランチェスコ・カヴァツリという人物を呼んで「恋するエルコレ(ヘラクレス)」を上演したそうです。
■この上演のため、ルイ14世の居城であるテュイルリー宮殿内には、サール・デ・マシーヌ(機械仕掛けの劇場)という劇場が建設されたそうです。舞台の奥行きが45mもあったらしい。間口というか幅は20m。高さは18m、小屋裏と楽屋を除いた数値だそうです。客席はそれよりもこじんまりしていたようですが、それでも1000人は収容できるという観客席が付属していたようです。当時の欧州では最大級といえる劇場らしい。
◇*HP「テュイルリー宮殿 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%BC%E5%85%AC%E7%88%B5&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=sMSKVNqME8HAmQWxyoLYBQ&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1097&bih=569#hl=ja&tbm=isch&q=%E3%83%86%E3%83%A5%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%AE%AE%E6%AE%BF
■ところが、この劇場でのオペラ公演も失敗に終わったらしい。その理由は次のどれでしょうか? (正しい理由は無いかもしれませんし、複数かもしれません)
[い]イタリア語の台詞、歌詞がフランスの人にはまるで理解できなかったから
[ろ]すべての台詞を歌うなんて馬鹿馬鹿しいと当時のフランス人が考えたから
[は]照明が悪くて舞台が暗く、主人公の顔もほとんど見えず、ただ声だけが聞こえてくるような状態だったから
[に]奥行きを長く作ったため、音がこだまのように跳ね返って重なるので、とても聴きづらかったから
[ほ]仕掛けを動かす雑音が物凄く、音楽がほとんど聞こえなかったから
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]と[ろ]、[ほ]が正しい
説明:まずは「イタリア語の歌詞はフランス人には理解できなかった」という根本的な問題があるようです。また、コルネイユという悲劇作家などの台詞の演劇に慣れていた観客は、「すべての台詞を歌うなんて馬鹿馬鹿しい」と考えていたとのこと。
■タレントのタモリがよくミュージカルをからかっています。「♪おはよう、昨日は遅かったようだけれど、何かあったのかい?」、「♪とくに何にもなかったわよ〜」なんて歌うのは馬鹿げている…という意味のことを聞いた記憶があります。当時のフランス人も同じような気分だったのかな。
■もうひとつの理由はカラクリにあったらしい。1647年(正保(しょうほう)4年)に訪仏して失敗したトレッリ氏は、空中浮遊などを使ったようです。8歳ぐらいだったルイ14世には受けたようです。やっぱり金属の綱でぶら下げたのかな。素材が悪かったでしょうから事故も多かったでしょうね。
■空中浮遊の他、機械仕掛けのさまざまな工夫を凝らし、「機械仕掛けの劇場」を作ったのはいいのですが、それを動かす音が大きくて、観客は歌劇のほうに集中できなかったようです。結局、このホールは1670年(寛文(かんぶん)10年)にモリエールの悲劇バレエ「プシシェ」という作品が上演された以外には使われることがなかったらしい。なんとももったいない投資でしたね。
■なお、バレエはルネッサンス期のイタリアが起源だそうです。オペラは受けなかったようですが、国王成婚記念の際にバレエも上演され、こちらは拍手喝采だったらしい。
◆参考*1:書籍「痛快ケンチク雑学王」初版114〜115頁、建築うんちく隊、ISBN4-395-00781-3、彰国社
◇*2HP「テュイルリー宮殿 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%A5%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%AE%AE%E6%AE%BF
◇*3HP「ルイ14世 (フランス王) - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A414%E4%B8%96_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%8E%8B)
◇*4HP「二十年後 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%B9%B4%E5%BE%8C

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
イタリア語をフランス語に訳して使おうとは考えなかったんですかね。
機械仕掛けの舞台装置といっても、現在のようなエンジンやモーターはなかったでしょうから、馬か人間が動力だったんでしょうね。
さぞや大変だったでしょうね。
バレエは言葉がないですからね。
納得しますね。
ねこのひげ
2014/12/14 07:10
コメントをありがとうございます。

 たしかに翻訳すればよかったような気もします。ただ、韻文ですから、隣国の言葉とはいえ、上手に訳せなかったのかもしれませんね。
 歌舞伎のまわり舞台やせり上がりも、昔はすべて人間が動かしていたそうです。きっとフランスでも人がやったのでしょうね。芝居の途中でヒヒーンとかモーなんて鳴き声が舞台の下から聞こえたら興ざめですから。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/12/14 09:05

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