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zoom RSS ヒトラー暗殺計画は全部で何回あったの?

<<   作成日時 : 2014/11/08 08:37   >>

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★歴史★
問題:ヒトラーは、敗軍の将ですので、かなり悪く言われています。現在のドイツ人たちもボロクソに言っているようです。でも語り伝えられることがすべて事実だとは限りません。我々日本人は、負けた側はひどい嘘に悩まされることをよく知っています。ヒトラーがどの程度の人でなしだったのか。時間が経過してからもう1度検証すべきなのでしょう。
■ともあれ、敵国にとって、あるいは国内の反対派にとって、とても大きな目の上のタンコブだったことはたしかなようです。民間人によるもの、あるいは軍人によるもの、あるいは敵国によるもの。何度も暗殺の計画が立てられ、実行されたらしい。でも1度も成功することなく、最後にはエヴァ・ブラウンとともに自殺したようです。昭和20年(1945年)4月30日の午後3時30分ごろだったらしい。
■では本日の問題です。ヒトラーの暗殺計画はすべて未遂に終わったようですが、では何度企てられたのでしょうか? いちばん近い数字を下記から選んで下さい。Wikipediaのヒトラー暗殺計画の項に記載されている数字を正解とします(141108現在)。
[い]5回
[ろ]10回
[は]20回
[に]40回
[ほ]80回
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]40回
説明:Wikipediaによれば、「ヒトラーの政権奪取後、単独犯と組織的なものを合わせて少なくとも42回企てられた」とのこと。全部未遂に終わったのですから、ずいぶん用心深い人なのかな。
■ナチス政権は警察がたいへん強力な権限を持っていたようです。一般市民が組織的に反政府運動をすることはできなかったらしい。有名なゲシュタポと呼ばれる秘密警察が国民を厳しく監視していたそうです。親衛隊やドイツ軍には抵抗できません。
■クーデターというのは、民衆と軍隊が二人三脚で政権を倒す行為と聞きます。民衆だけでは何も起こせません。怒った民衆とそれに同調する軍隊があれば、腐った木の扉を蹴破るように体制は破壊されるらしい。でも、問題は軍隊ですね。ドイツにおいては、軍隊は一般国民に同調しなかったのかな。現在の北朝鮮においても、民衆は内心怒っているのかもしれませんが、軍隊が動きません。体制は安泰らしい。
■ヒトラーに対しては、一般人による暗殺未遂事件はあったようです。1938年(昭和13年)11月9日、スイスの神学生モーリス・バヴォーという人がミュンヘン市内でパレードの最中にヒトラーを拳銃で射殺しようと試みたそうです。見物の群衆が邪魔で狙いが定められなかったらしい。失敗します。1週間後にスイス国境に向かう列車内で逮捕されちゃったそうです。無賃乗車だったらしい。ミュンヘンの地図を持っており、ピストルも所持していました。暗殺計画がばれ、死刑を宣告されます。2年半後の1941年(昭和16年)5月、ベルリンでギロチンにより処刑されたとのこと。ちなみにフランスでは1981年(昭和56年)までギロチンが使われていたとか*2。
■1939年(昭和14年)の11月8日。75年前の今日ですね。ゲオルク・エルザーという家具職人による爆殺未遂事件があったらしい。ミュンヘン一揆では国家社会主義ドイツ労働者党、いわゆるナチスはいったん解散させられてしまいます。その屈辱を忘れないためでしょうか、ヒトラーは毎年ミュンヘンのビアホールに赴き、1時間半ほど演説するのが恒例だったそうです。1時間半の演説? なんという迷惑! 殺したくなる気持は理解できますね。
■エルザーは、時計仕掛けの爆弾を柱に仕掛けたらしい。ちょうど演説中にドカンといくように設定していたようです。ところが75年前のその日のヒトラーはメチャメチャ多忙であり、ベルリンに帰るために演説を短めに切り上げたらしい。会場を去ってわずか数分後、爆発は起こり、8人が死亡し、63人が負傷したとのこと。負傷者の中にはのちにヒトラーと心中することになるエヴァ・ブラウンの父親も含まれていたとのこと。どうも用心深さだけではなく、運の良さもあって暗殺を逃れたようですね。
◆参考*1:HP「ヒトラー暗殺計画 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%9A%97%E6%AE%BA%E8%A8%88%E7%94%BB#.E4.B8.BB.E8.A6.81.E3.81.AA.E6.9A.97.E6.AE.BA.E6.9C.AA.E9.81.82.E4.BA.8B.E4.BB.B6
◇*2HP「ギロチンを発明したギロチン氏自身も断頭台の露と消えた? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200705/article_33.html

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
40回も暗殺から免れるというのはすごいですね。
よほど運がいいのか、独特の勘の持ち主だったのか・・・
ナチスはとかく悪く言われてますが、連合軍側もとやかく言えません。
特に酷いのはソ連軍で、ドイツに侵入して女子供を殺しまくり、殺された死体には明らかにレイプされた跡があり、その数は200万人に上ったと言われてますが、告発される前にアウシュビッツなどのナチスによる大虐殺が発見されてこちらの方が大きく報道されたためウヤムヤになったそうです。
80歳の老女から3歳の幼児までがレイプされていたそうですから、あきれます。
ねこのひげ
2014/11/09 08:43
コメントをありがとうございます。

 まぁ、勝ったほうはなんでもやりますし言います。戦争は勝たなきゃ駄目です。
 望むわけではありませんが、もし再度戦争をするのなら、確実に勝ちましょう。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/11/09 10:10
アドルフヒトラーは画学生の過去。2000枚くらい絵画を描いたとか。最近、値がついています(笑)

独裁ヒトラーに絵画の対抗はチャーチル(英国)〜こちらは40歳の手習い

ヒトラーがおとなしく"武蔵野美大"に通っていたら第二次世界大戦は〜(笑)
sadakun_d
2014/11/20 10:35
コメントをありがとうございます。

 ヒトラーが絵描きとして大成していたら、歴史は変わっていたんでしょうね。
 音楽家が政治も兼業するのは時々聞きます。ポーランドの初代首相でしたっけ、パデレフスキーという人は音楽家で政治家でしたし、ドボルザークもヴェルディも国会議員だったそうです。
 でも画家で政治を兼業していたという人は知りません。日本のタレント議員の中にも歌手とか俳優とかスポーツ関係の者はいるようですが、画家出身という人はあまり聞きませんよね。
 もしヒトラーが画家として大成していたら、政治には無縁の人生を送り、ドイツは2度目の大戦に突入しなかったのかな。アンネ・フランクも長生きできたのかな。まぁ、空しい「もしも」の問いではありますが。
(^^;)
sadakun_d様<素町人
2014/11/21 16:07
パデレフスキー(ポーランド首相、外相)(3年間)は音楽家の政治家。滝廉太郎が演奏を聴いたとか。

ジャイアント馬場(40ぐらい引退)油絵が趣味〜プロレスラーには油絵趣味がちらほら。(編み物趣味もある

手先の起用さとなら、変化球投手が油絵、編み物しないかなあ…(笑)
sadakun_d
2014/12/12 14:55
コメントをありがとうございます。

 パデレフスキーの曲では唯一、メヌエットを何回か聞いたことがあります。メヌエットはもともと舞踊曲だそうです。でも、パデレフスキーのメヌエットはピアノの練習曲みたいだなと思いました。YouTube等でも聞けますけど。
 メヌエットは彼のトレードマークで、コンサートに先立って必ず演奏された…とNHKの番組では言っていましたね。
(^^;)
sadakun_d様<素町人
2014/12/12 23:02

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