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zoom RSS 江戸時代の女遊び。ヤマサンと呼ばれたのはどんな人物なの?

<<   作成日時 : 2014/10/02 09:00   >>

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★日本語★
問題:江戸時代の江戸では、ご存知の売春特区・吉原をはじめ、四宿と呼ばれた品川・新宿・板橋・千住、あるいは上野山下などの私娼窟など、あちらこちらで性の売買が行なわれていたようです。
■そうした場所の女性たちにヤマサンと呼ばれた人たちがいたらしい。桃色の楽しい川柳を集めた「末摘花(すえつむはな)」にも、ヤマサンを扱った句があるようです。「ヤマサンと いふは品川 初會(しょかい)なり」。
■さて、このヤマサンと呼ばれた人物は、次のどの立場・職業の人なのでしょうか? (正しい選択肢は無いかもしれませんし、複数かもしれません)
[い]目明かし
[ろ]ヤクザ者
[は]僧侶
[に]浅黄裏(あさぎうら、地方の武士)
[ほ]医者
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:[は]と[に]がヤマサンと呼ばれた
説明:テレビドラマ「太陽にほえろ!」にも山さんと呼ばれる刑事が登場したそうです。露口茂(しげる)という俳優さんが演じたらしい。
◇*HP「太陽にほえろ 山さん - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%81%AB%E3%81%BB%E3%81%88%E3%82%8D+%E5%B1%B1%E3%81%95%E3%82%93&biw=1536&bih=820&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=3IwsVJu6C4uAuwSuhILgDw&sqi=2&ved=0CAYQ_AUoAQ
■江戸時代のヤマサンは、まずは坊さんがそう呼ばれたようです。「川柳末摘花詳釈」という本には次のように記されていました。「奈蒔野馬乎人(なまけのばかひと)の洒落本『山下珍作』(天明(てんめい)2年(1782年))には、上野山下のけころ店(安価・下等な売春宿)で遊ぶ坊主客を描写した「雲水客」の章があり、その雲水客の3字に「やまさん」と振り仮名を附してゐる。即ちヤマサンとは坊主客を呼ぶ遊里の通言であった」。「通言(つうげん、つうごん)」は、「遊里など、特定の土地・社会で使われている言葉」だそうです。その他に「世間一般に行なわれている言葉」という意味もあるようですが、ここでは前者でしょうね。
■「ヤマサンと いふは品川 初會なり」の初會は、初めて来た客という意味だそうです。2度目が「裏を返す」、3度目以降が「なじみ」になるらしい。芝の増上寺の坊さんが品川に遊びに来たようですね。「初會の坊主客は名がわからぬまゝ、やまさんで全部すませておくのが、品川の通例だ、との句」…だそうです。なお、この句は明和(めいわ)7年(1770年)の作品らしい。
■18世紀末ぐらいまで、年代でいえば寛政(かんせい)年間(1789年〜1801年)ぐらいまでは、遊里の坊主の客がヤマサンと呼ばれていたようです。この時代の滑稽趣味の親方、指導的立場だった蜀山人には南楼望(なんろうのぼう)」という漢詩があります。以前にもご紹介しましたが、笑えるので再度登場です。
---南樓坊      品川
---なんろうのぼう  ひんせん
---去國薩麻遠 登樓八山春
---くにをさってさつまとおし ろうにのぼるやつやまのはる
---娯心和尚客 不是在家人
---こころたのしむおしょうのきゃく これざいけのひとにあらず
オリジナルはこんな五言絶句です。
---南樓望     盧僎
---なんろうのぼう  ろせん
---去國三巴遠 登樓万里春
---くにをさってさんぱとおく ろうにのぼればばんりはるなり
---傷心江上客 不是故郷人
---こころをいたましむこうじょうのきゃく これこきょうのひとならず
■盧僎(ろせん)というのは唐の詩人です。「南樓望」はたいへん著名な五言絶句らしい。寺子屋卒の学歴があれば、ほとんどの人が知っていたのかな。内容としては「品川の客は坊さんと芝薩摩屋敷の侍ばかりだ」という皮肉を言っているらしい。転結の2句がいいですね。なお、八山はおそらくは八山橋近辺かと思われます。品川駅から南に行って最初の跨線橋があるあたりかな。そういえば、川島雄三監督の懐かしの名作映画、「幕末太陽傳(伝)」も、現代のそのあたりの風景描写から始まっていたと記憶します。
◇*HP「八ッ山橋(バス) - Google マップ」(地図)
https://www.google.co.jp/maps/place/%E5%85%AB%E3%83%83%E5%B1%B1%E6%A9%8B%EF%BC%88%E3%83%90%E3%82%B9%EF%BC%89/@35.62348,139.7378,16z/data=!4m2!3m1!1s0x60188a5c106b6005:0xc73cda0fdb73b1b4
◇*HP「八ツ山橋 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%85%AB%E3%83%84%E5%B1%B1%E6%A9%8B&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=9I0sVMqtINGhugTN7oDQAw&ved=0CAoQ_AUoAw&biw=1536&bih=820
■幕末の書籍では、ヤマサンはすべて武士だそうです。「幕末の遊里案内書には、すべて遊里の通言として、武士をヤマサンと記してゐる」*1。なぜ変わっていったのかはよくわかりません。坊主の客がヤマサンだったのは、寺院には山号があるからでしょう。ちなみに増上寺は三縁山(さんえんざん)だそうです。正式名称は三縁山増上寺なわけですね。
■武士をヤマサンと呼んだ理由は、「山出し」から来ているようです。遊里に出入りするのは参勤交代で江戸に単身赴任している地方の武士たちです。いわゆる浅黄裏(あさぎうら)ですね。式亭三馬が文政(ぶんせい)時代(1818年〜1830年)に書いた本には「浅黄裏」の3字を無理矢理1字のように見せかけ、そこに「ヤマサン」と振り仮名を振っているらしい。このころから変異は始まっていたのかもしれません。
◆参考*1:書籍「川柳末摘花詳釈(上巻)」初版165頁、岡田甫著、有光書房
◇*2HP「「いろは茶屋」ってどんな場所なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200909/article_34.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
浅黄裏がばれだしたからでしょうけど、ヤマサンと呼ばれて鼻の下を伸ばして通っていた山だしの侍たちもいい面の皮ですが、江戸庶民も花魁たちも元をただせば、東北の出身が多いんですがね。
ねこのひげ
2014/10/05 06:43
コメントをありがとうございます。

 日照時間が少なかったり気温が低いという理由から農業収入が不安定になり、その結果江戸の遊里には東北出身者が多くなる。もしこの説が正しいのなら、悲しい因果関係だったんですね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/10/05 11:28

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