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zoom RSS 旧暦なら8月15日。放生会(ほうじょうえ)のための放し鳥や放し亀の値段はいくらぐらいだったの?

<<   作成日時 : 2014/09/27 10:11   >>

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★歴史★
問題:日本で明治5年以前に利用していた太陰太陽暦、いわゆる旧暦では、太陽暦の9月末のいまごろに8月15日が来ることがあるようです。たとえば、元禄(げんろく)13年(1700年)ではそうですね。1700年9月27日は、元禄13年8月15日だそうです*1。正徳(しょうとく)元年(1711年)もそうみたいです。来年、平成27年(2015年)も、9月27日は旧暦の8月15日に当たるようです*1。
■旧暦8月15日の江戸の町。あちらこちらの八幡宮で放生会が行なわれたそうです。放生会はそもそもは仏教に由来するしきたりだそうです。鳥や亀などの生き物を放して供養するようです。一番最初の放生会は、養老(ようろう)4年(720年)に豊後の宇佐八幡で行なったらしい。これが起源とされていると、参考資料*3の本「大江戸おもしろ商売」にはありました。仏教の殺生戒に由来するはずなのに、神社から始まったというのはちょっと妙ではありますね。これも神仏習合の一例なのかな。
■口絵は江戸後期というか末期の画家、歌川(安藤)広重の描いた「名所江戸百景」の「深川万年橋」です。紐でつるされた亀が解き放たれるのを待っています。お客さんは亀や鳥(多くの場合は雀だったらしい)を購入し、鳥は空へ、亀は川へと放してやることで功徳(くどく、来世の幸せのもとになる善行)を積もうとしたらしい。各八幡神社には8月15日だけの出店が出ていたようですし、3代目三遊亭金馬師の落語の枕によれば、江戸の大きな橋のたもとには常設の放し亀店が設けられていたようです。
■では、鳥とか亀はいったいいくらぐらいで販売されていたのでしょうか? 次の中から正しい値段の記述を選んで下さい。なお、売値はおそらく江戸後期のものです。屋台のしっぽく蕎麦が16文だったころとして考えて下さい。
◇*HP「しっぽく蕎麦 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%81%97%E3%81%A3%E3%81%BD%E3%81%8F%E8%95%8E%E9%BA%A6&biw=1280&bih=683&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=PfkkVLP6Moi1iwLB6oCQCw&ved=0CAcQ_AUoAg
参考資料*3の記述を正解とします。(正しい値段は無いかもしれませんし、複数かもしれません)
[い]鳥は48文だった
[ろ]鳥は12文だった
[は]亀は36文だった
[に]亀は4文だった
[ほ]鰻は16文だった
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]と[に]が正しい
説明:参考資料*3「大江戸おもしろ商売」によれば、鳥(雀)は12文、亀は4文、鰻は3文くらいだったようです。
■江戸時代の末期には四文屋という百円ショップがあったそうです。深川万年橋のたもとで吊るされていた亀は、100円ポッキリだったのでしょうか。安いものですね。鰻なんかもっと安い。きっと、鰻はどこにでもいたし、誰にでも捕まえられたのでしょう。鳥は入手が難しかったのかな。蕎麦ほどの値段ではありませんが、それでもいちばん高いようですね。
■異説もありまして、3代目三遊亭金馬師の落語「佃祭り」の枕では亀は大きいのが16文、並が8文だそうです*4。
■放し鳥や放し亀は、放生会のころになると籠に入れ、かついで行商する人もいたようです。「放し鳥、放し鳥」とか「放し亀、放し亀」とか言いながら裏長屋まで入ってきたのでしようか。
■Wikipediaの放生会の項によれば、日本では廃れてしまった商売ですが、台湾・タイ・インドでは今でも放し鳥屋・放し亀屋が存在するそうです。また、放生会の行事そのものは、全国各地に残されており、特に福岡の筥崎宮(はこざきぐう)や京都の石清水八幡宮のものが知られているようです。
◇*HP「放生会   - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%94%BE%E7%94%9F%E4%BC%9A&hl=ja&rlz=1T4GGHP_jaJP523JP523&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=hAomVKeZM8HbuQTdroK4Ag&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1536&bih=820#hl=ja&tbm=isch&q=%E6%94%BE%E7%94%9F%E4%BC%9A+%E3%80%80
■俳人の小林一茶は「放し亀 蚤も序(のみもついで)に とばす也」という句を詠んでいるそうです。水に落ちた蚤はきっと生きていられないのでしょう。殺生です。これじゃ功徳になりませんね。「善人が あるので亀が むごくされ」という川柳もあるらしい。こちらは前出の落語「佃祭り」の枕で紹介されていました。
■捕まえた鳥や亀をまた放つというのは、ちょっとした無駄のような気もします。でも、ケインズという経済学者は、「穴を掘って、また埋めるような仕事でも、失業手当を払うよりずっと景気対策に有効だ」という意味のことを主張しているらしい。放生会も経済の活性化という点では、意味のある商売だったのかな。魂の救済という点では、意味があったかどうか、はっきりしないのですが。
◆参考*1:HP「新暦と旧暦の変換計算(長期)」
http://koyomi.vis.ne.jp/9reki/9rekicgi.htm
◇*2HP「放生会 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E7%94%9F%E4%BC%9A
◇*3書籍「大江戸おもしろ商売」初版38〜39頁、北嶋廣敏(ひろとし)著、ISBN4-05-402993-0、学習研究社
◇*4CD「NHK落語名人選(8)『三人旅/佃祭り』」3代目三遊亭金馬、ポリドール

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
佐伯泰英さんの『居眠り磐音江戸双紙』の中でも子供が隅田川で鰻を捕っている描写がありますから、ポピュラーな魚だったのかもしれません。
この放生会のための鳥や亀の採取も子供たちのいい稼ぎになったようです。
小遣いにするというより、家族の生活の足しにしていたようですが・・・
ねこのひげ
2014/09/27 19:27
コメントをありがとうございます。

 隅田川でも鰻がふつうに獲れたわけですね。いい時代ですね。
 現代でも探せばいるのかな。最近はだいぶ汚染もおさまっているようですので、案外簡単に見つかったりして。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/09/27 21:04

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