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zoom RSS 1882年(明治15年)の今日起きた天体の現象とはどんなもの?

<<   作成日時 : 2014/09/17 08:18   >>

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★歴史★
問題:1882年(明治15年)という年はどんな年でしょうか。日本では3月に上野動物園が開園しているそうです。その翌月には、板垣退助(たいすけ)が岐阜で暴漢に襲われています。「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだ…かもしれないと言われている事件ですね*1。幸いにして命はとりとめたようです。
■10月には日本銀行が開業しています。早稲田大学の前身である東京専門学校も10月に創立されているらしい。維新のさまざまな事業が始まっていたようですね。
■世界に目を向けると、南半球ではボリビアとペルー対チリの「太平洋戦争」のさなかだったようですね*7。北半球では珍しく大きな戦争はやっていなかったのかな。音楽の世界では国民楽派、絵画の世界では印象派が勢力を強めていたらしい。
■そんな132年前の今日、9月17日。普通の人はめったにお目にかかることがないという天体ショーが見られたようです。それは次のどれでしょうか?
[い]1910年(明治43年)のハレー彗星の100万倍以上も明るい彗星が近日点に到達し、太陽の脇でも輝いて見えた
[ろ]関東から東北地方にかけて金環食が20分以上見えた
[は]天の川銀河内での超新星爆発により、北半球の夜空が3時間以上に渡って白夜のように明るくなった
[に]太陽フレアの活発な活動により、極から回帰線付近までオーロラが見えた
[ほ]真夜中の夜空に赤い海月(くらげ)のような模様が見え、不吉な出来事の予兆ではないかと人々が不安を感じた。現代でいう超高層雷放電(スプライト)と見られている
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]1910年(明治43年)のハレー彗星の100万倍も明るい彗星が近日点に到達し、太陽の脇でも輝いて見えた
説明:1910年(明治43年)のハレー彗星が現れた時には、さまざまなデマが飛び交い、わが日本でも大騒ぎになったようです*2*3。
■ハレー彗星の尾の中を地球が通過する際に青酸ガスにより多くの人々が被害を受けるというインチキ情報が流れたらしい。で、自転車のチューブが売れたそうです。チューブに清浄な空気を詰めておくためです。しばらくはそれを吐呑して毒ガスが薄まるのを待とうという魂胆だったらしい*2。賢い自転車屋さんの陰謀かな。
■1910年(明治43年)のハレー彗星では、2月には8等級、3月には7等級ぐらいだったようです。よほど目のいい人でないと見えません。4月には2等級になり、5月11日に1番明るくなって0.6等級だったようです*3。
■星の中でいちばん明るいおおいぬ座シリウスは−1.47等級らしい。0.6等級は、ベストテンにも入れず、11番目のケンタウルス座ハダルという星と同じですね*5。つまり、大騒ぎされた割りには、このときのハレー彗星はそんなに明るくはなかったようです。
■その28年前の1882年の大彗星は、推定ではありますが、なんと−17等級とのこと。太陽は別格で−26等級。満月が−12.7等級、半月でも−10等級前後らしい。5等級違うと明るさは100倍違うそうです。0等級と17等級では、100×100×100=100万倍以上、恐らくは500万倍以上も明るかったわけですね。なにしろ満月より50倍近く明るいのですから、どんな人でも肉眼で見えたのでしょう。参考資料*4によれば、「白昼でも見えた」とのこと。
■9月17日に近日点に達しているらしい。近日点というのは、「太陽系の惑星・彗星(すいせい)などが、軌道上で太陽に最も接近する点」です。太陽表面からの距離はわずかに46万kmになったそうです。太陽の直径は140万km弱です。その1/3ぐらいしか離れていない位置、ホントに間近を通過したのかな。
■太陽のすぐ脇ではありますが、それでも見えたと言われています。つまり昼間、太陽が見えている時間、その隣に明るい点があったらしい。ただし、まことに残念ながら、この天体ショーが北半球でも見えたかどうかは不明です。というのは、南半球での観測記録というか目撃記録は数多いのですが、北半球の記録は探してみましたが見つかりませんでした。ひょっとしたら、明治の日本では見られず、19世紀後半のブラジルやアルゼンチン、あるいは交戦中のチリ・ボリビア・ペルー、南アフリカ、オーストラリアなどでは人々を驚かせた彗星なのかな。
■彗星の核は汚れた雪玉などと呼ばれます。氷や岩などで出来ているらしい。質量が大きく熱い太陽の近辺を通過したためか、核は6つないし8つに分裂してしまったらしい。それでも翌1883年(明治16年)の2月までは肉眼で見えていたそうです。ずいぶん長く人々を楽しませたようです。
◇*HP「彗星の核 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%BD%97%E6%98%9F%E3%81%AE%E6%A0%B8&biw=1097&bih=586&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=NpcXVIyNF82hugTMyoGwBA&ved=0CAYQ_AUoAQ
■1986年(昭和61年)にもハレー彗星はやってきましたが、一般のわれわれにはほとんど観測できませんでした。条件が悪かったようですね。
■昨年秋、2013年(平成25年)11月から12月ごろにやってきたアイソン彗星の場合もひょっとしたら満月を越える明るさになるかも…なんて期待されていました*6。ところが太陽に接近したあとで核が割れちゃったらしく、すぐに見えなくなってしまいました。残念です。できれば生きているうちに「満月よりも明るい」とか、「白昼でも見られる」ぐらいの彗星を目撃してみたいものです。
◇*HP「アイソン彗星 - Google 検索」(画像)
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%BD%97%E6%98%9F%E3%81%AE%E6%A0%B8&biw=1097&bih=586&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=NpcXVIyNF82hugTMyoGwBA&ved=0CAYQ_AUoAQ#tbm=isch&q=%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%BD%97%E6%98%9F
◆参考*1:HP「「板垣死すとも自由は死せず」は板垣自身が言った言葉ではないの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200904/article_7.html
◇*2HP「ハレー彗星が接近した日。明治時代のその日にはチューブが売れたの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200805/article_15.html
◇*3HP「ハレー彗星 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AC%E3%83%BC%E5%BD%97%E6%98%9F
◇*4HP「1882年の大彗星 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/1882%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%BD%97%E6%98%9F
◇*5HP「明るい恒星の一覧 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E3%82%8B%E3%81%84%E6%81%92%E6%98%9F%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
◇*6HP「アイソン彗星 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%BD%97%E6%98%9F
◇*7HP「海のない国ボリビアが海軍を保有するそのわけは? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200610/article_68.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
1986年のハレー彗星は、当時住んでいたマンションの窓から写しましたよ。
小さくて迫力なかったですね。
しかし、ハレー彗星よりでかい彗星があったのに、話題になりませんね。
一度きりだったからですかね?
ねこのひげ
2014/09/19 03:09
コメントをありがとうございます。

 小さくてもハレー彗星を撮影できたのはいいですね。素町人はアイソン彗星を撮影しようと何度か早朝の公園に出かけましたが、駄目でした。

 大きな彗星が話題にならなかったのは、おそらく1度切りだったからでしょう。1882年の彗星は太陽の近くで四分五裂してしまったようです。
 もうひとつ、当時の先進国の人々がほとんど見ていないから…かもしれません。もし、印象派の画家達が見ていたら、印象に残る絵を描いていたかも。
 エジソンもビスマルクもチャイコフスキーも夏目漱石も、この物凄い彗星についてまるで発言していないようですので、きっと目にしていないのでしょうね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/09/19 12:10

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