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zoom RSS 中国の故事にまつわる諺。「奇貨居くべし(きかおくべし)」に関係する著名な人物とは李白なの?

<<   作成日時 : 2014/09/11 07:25   >>

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★日本語★
問題:昔の中国の故事に由来する諺です。「奇貨居くべし」。「奇貨」は、穴の位置のずれた5円玉や刻印のずれた500円玉なのかな。これらは間違いなく奇貨です。とっておけば価値が出そうです。だから「居くべし」。
■もちろんこれは嘘でして、奇貨は「珍しい品物」という意味らしい。「奇貨居くべし」は、「珍品は今買っておいて後日利益を得るがよい」という意味だそうです。どちらにせよ「開運なんでも鑑定団」に関係のありそうな儲け話ですね。
■実際の「奇貨居くべし」はもっと人間くさい話のようです。しかも物語の末尾にはある歴史上の有名人が登場するらしい。ではその有名人とは次の誰でしょうか?
[い]李白(りはく、詩人)
[ろ]煬帝(ようだい、隋の皇帝)
[は]秦の始皇帝
[に]諸葛孔明
[ほ]漢の高祖(項羽のライバル、劉邦)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:[は]秦の始皇帝
説明:「奇貨居くべし」という言葉は、呂不韋(りょ ふい)という商人の口から漏れ出た言葉だそうです。
■中国の戦国時代は、紀元前403年の晋の分裂から同221年の秦による中国統一までの動乱期を指すらしい。この時代の末期に活躍した呂不韋は、韓(かん)の豪商だったようです。たまたま、趙(ちょう)の都、邯鄲(かんたん)に商用で出かけたとき、秦の太子(皇位継承権のある王子)安国君(あんこくくん)の庶子(妾の子)の子楚(しそ)を目撃したらしい。人質として邯鄲に住んでいたようです。
■なお、邯鄲は、現在の河北省にあるそうです。黄海の西岸には、山東半島がほぼ東に向けて突き出ています。その付け根にある青島(ちんたお)市から車で7時間余り、620kmほど西に向けて走ると、邯鄲市があるようです。「邯鄲夢の枕」のお話の舞台になった場所のようですね*3。
◇*HP「Google マップ」(地図)
https://www.google.co.jp/maps/dir/%E5%B1%B1%E6%9D%B1%E7%9C%81+%E9%9D%92%E5%B3%B6%E5%B8%82,+%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD/%E6%B2%B3%E5%8C%97%E7%9C%81+%E9%82%AF%E9%84%B2%E5%B8%82,+%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD/@36.3776683,113.0570299,5z/data=!4m14!4m13!1m5!1m1!1s0x35960fd582f8f06b:0x614d82fa614cf2f3!2m2!1d120.38264!2d36.067082!1m5!1m1!1s0x35dc365cded504ff:0xd32b0a77c8249cef!2m2!1d114.538962!2d36.625657!3e0?hl=ja
■子楚は、このころは異人(いじん?)という名前で呼ばれていたようです。目撃されたときは見窄(みすぼ)らしい身なりをしていたらしい。子楚は当時の秦王昭襄王(しょうじょうおう)の太子安国君の庶子ではありましたが、兄弟は20人以上いたらしい。生母の夏氏(かし?)はすでに安国君の寵愛を失っていたとのこと。王位を継げる可能性はほぼゼロだったようです。
■そのとき、商人の頭に素晴らしい霊感が閃いたらしい。思わず口走ります。いまならツイッターで流してしまうところなのかな。「この奇貨居くべし!(これはすばらしい掘出し物だ。とっておけば、えらい値になるぞ!)」。いったん家に戻った呂不韋は、父親と相談し、奇貨に投資することを決意します。あらためて邯鄲の子楚を訪問し、得意の雄弁の力で、つまりは舌先三寸で、子楚に希望を抱かせます。秦の太子、そして王になれるかもしれない。
■そしてその財力を使って子供のない安国君の正室を口説き落とし、子楚を養子にさせます。さらに安国君をも口説き落とし、子楚を安国君の跡継ぎに祭り上げるのに成功したそうです。
■このころ、呂不韋は趙の芸者を妾にしていたらしい。子楚はその女が気に入ってしまったそうです。譲ってくれと強く頼まれます。せっかく投資してきたのに、ここで子楚に臍(へそ)を曲げられては元も子もないかな。いやいやながら嫁がせてしまいます。この妾はすでに呂不韋の子を宿していたらしい。でもそれを隠し、そのまま子楚、のちの秦の荘襄王(そうじょうおう)に譲ります。
■産まれた子供が、のちの始皇帝だそうです。DNA鑑定をしてみなければわかりませんけど、呂不韋の子供かもしれません。呂不韋は、始皇帝の親父さんである荘襄王(子楚、異人)との強いパイプを生かし、商人かつ政治家として一時はたいへんな権勢を誇ります。投資が大成功したわけですね。
◆参考*1:HP「呂不韋 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%82%E4%B8%8D%E9%9F%8B
◇*2HP「荘襄王 (秦) - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%98%E8%A5%84%E7%8E%8B_(%E7%A7%A6)
◇*3HP「夢が末尾につく言葉。「京の夢大坂の夢」ってどんな意味なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201407/article_15.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この呂不韋の子孫が、後の漢の高祖劉邦の奥さん、中国三大悪女の一人呂太后の一族ではないかといわれておるそうですね。
先祖が天下を取り損なったのを劉邦を利用して中国(漢)を乗っ取ったとか・・・
ねこのひげ
2014/09/11 18:18
コメントをありがとうございます。

 呂太后が呂不韋の血縁だという話があるのは知りませんでした。
 呂不韋が亡くなったのが紀元前235年。劉邦が高祖として前漢を建てたのが同202年。わずか30年余り。ひょっとしたら実子、そうでなくても孫という可能性もあり、血のつながりは濃いかもしれない…のかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/09/12 00:25

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