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zoom RSS 最後の首切り朝右衛門の心得。罪人を斬るときは、心の中でなんと唱えるの?

<<   作成日時 : 2014/08/09 17:45   >>

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★歴史★
問題:山田朝右衛門は、御様御用(おためしごよう)という刀剣の試し斬り役を務めていた山田家の当主の名前だそうです*4。代々「山田浅右衛門」あるいは「朝右衛門」を名乗ったとのこと。
■Wikipediaによれば、享保(きょうほう)元年(1716年)まで生きた初代から明治15年(1882年)まで生きた8代目までいたそうです。
■ただし、参考資料*1の書籍「明治百話」では、山田朝右衛門の8代目は吉亮(よしふさ、明治44年(1911年)没)という人物としています。Wikipediaのほうでは8代目は吉豊(よしとよ?)であり、吉亮は8代目の実弟で9代目説あるいは閏(うるう)8代目説を掲げています(140809現在)。暦だけでなく、人間にも閏があるんですね。辞書によれば、「正当でない天子の位」を閏と呼ぶことがあるようです。
■「明治百話」が8代目としている吉亮は、夜嵐お絹や高橋お伝(おでん)や島田一郎の首を刎ねたり、史上最後の斬首刑を実行したりした人物らしい。技量に優れていたそうです。前2人は男を1人殺しただけで死刑にされちゃったらしい。島田一郎は大久保利通(としみち)の暗殺実行犯です。
■なお、高橋お伝の処刑を「史上最後の斬首刑」とするHPがネット上で散見されますが、これは間違いかも知れません。「女性としては」と条件をつければ正しくなるようです。高橋お伝の処刑は、明治12年(1879年)1月30日だそうです。吉亮は明治14年(1881年)7月24日に、巌尾竹次郎(いわお たけじろう)、川口国蔵(くにぞう?)の2人を斬首しており、この日をもって「家業が断絶した」と述べているようです*1。
■さらにいえば、「女性として最後の斬首刑者」は高橋お伝だけではなく、浅子なか(あさこ なか?)という女性も同日に処刑されているとのこと。順番でいえば高橋お伝のほうが後だったともいわれますけれど*5。
■さて、吉亮氏によれば、当日は罪人のほうを見ないそうです。出番が来るまでは、空を仰いだり草木を眺めたりしているそうです。将棋の羽生善治(はぶ よしはる)氏も「対局場に向かうために移動するとき、基本的になにも考えずに窓の外の風景を見たり、将棋に関係ない本を読む」と語っているらしい。名人たちは大事の前には「ああしよう、こうしよう」などと考えたりはしないようですね。
■吉亮氏がいよいよ刀を使うときには、心の中である言葉を唱えて気持を落ち着かせたようです。では、その言葉は次のどれでしょうか?
[い]南無阿弥陀仏
[ろ]南無妙法蓮華経
[は]諸行無常
[に]無心無欲
[ほ]一身天命
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]諸行無常
説明:罪人が刑場に引き出され、所定の位置につき、縄取りと呼ばれる介添え人たちが罪人を押さえ込むと用意が完了だそうです。罪人の左右と後ろの3人で抑えるそうですが、後ろの1人はなぜか両足の親指を握るらしい。これで首が前に突き出ると記されています*1。
■準備が整ったら罪人の脇から近寄り、睨(にら)みつけ、「汝は国賊なるぞ」といって一歩を進めるらしい。柄に右手をかけます。このとき、涅槃経(ねはんきょう)四句を心のうちでよむとのこと。右手の人差し指を下ろすときに「諸行無常(しょぎょうむじょう)」、中指では「是生滅法(ぜしょうめっぽう)」、薬指では「生滅滅已(しょうめつめつい)」、小指では「寂滅為楽(じゃくめついらく)」。そして刀がゆっくり振り上げられ、素早く振り下ろされるようです。
■ちなみに、涅槃経四句の意味は次のようなものらしい。
---「諸行無常」は、ご存知のように「世の中の一切のものは常に変化し生滅して、永久不変なものはない」
---「是生滅法」は、「あらゆるものは常住不変でなく、生滅するのが真理である」
---「生滅滅已」は、「生じ滅するといった移り変わりがやむこと」
---「寂滅為楽」は、「寂滅が真の楽しみである」という意味だそうです。
全部合わせると、「誰でも1度は死ぬんだ。お前も諦めろよ」と死刑囚に語りかけているような気もします。もちろん心のうちの声ですから、罪人には聞こえませんけど。
■みんながみんな、すっぱり一撃で首が飛ぶのかと思えば、必ずしもそうではないようです。たとえば高橋お伝の場合は、順番を待っているあいだは落ち着いていたようです。先に斬られる別の事件の罪人がブルブル震えているのを「男の癖に臆病だ」と嘲笑(あざわら)っていたらしい。
■自分に番が来ると「待ってくれ」と言い出したそうです。「情夫に一目会わせてくれ」と言い出したらしい。もちろん聞き届けられるものではないので、「よし会わせてやろう」と言いながら刀に手をかけたようです。今度は急に暴れ出して、キャッキャッと叫んだとのこと。斬るには斬ったようですが、身体を動かしたもので斬り損ねがあったらしい。
■服部喜平治(きへいじ)という代言人(弁護士)の処刑の際にも、一騒動あったようです。服部喜平治はちょっと可哀そうな人物で、判決に不服があったため、片手落ちの裁判を行なった判事を殺そうと待ち伏せして刃物を使ったそうです。あいにくと肩にカスリ傷を負わせただけで捕まってしまったらしい。殺人未遂か傷害かというような事件ですが、死罪の宣告を受けちゃったようです。
■処刑当日は大荒れだったらしい。「玉乃判事を殺さぬうちは服部喜平治は死なぬ。死刑の宣告をした吉本判事も生かしておかぬぞ」と大狂乱だったとのこと。あまりに動くので、なかなか刀が使えなかったらしい。うっかりすれば縄取りたちを傷つけてしまいます。喜平治は吉亮に対しても、「斬ったが最後、化けて出て憑(と)り殺す」と呪い(のろい)の言葉を浴びせたらしい。
■吉亮は、縄取りに手を離せと命じます。連中は怪訝(けげん)な顔をしますが命令なので「ようがすか、放しますぜ」と危ぶみながら放したらしい。喜平治は立ち上がって逃げ出そうとするところを後から峰打ちを喰わします。やられたと思ったのか、振り返りざまに向かって来るところをスパッと斬ったらしい。この場合は首をちょん切ったというわけではなく、袈裟懸け(けさがけ)などにしたのでしょうね。
■一撃で殺せたようですが、向かってくるところを斬ったので、血を噴き出しながら吉亮に倒れかかったらしい。絹の紬(つむぎ)の紋付きを着ていたそうですが、返り血で「ぐしょ濡れ」になったとのこと。2度と使えなかったのでしょうね。
◆参考*1:書籍「明治百話」初版27〜36頁、篠田鑛造(こうぞう)著、角川書店
◇*2HP「【食事就寝前要注意】処刑された罪人の脳みそは薬として販売されたの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200908/article_3.html
◇*3HP「高橋お伝が処刑された日。お伝のあの部分はホルマリン漬けになっているの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200801/article_18.html
◇*4HP「山田浅右衛門 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%B5%85%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80
◇*5HP「参考・高橋でんの最後」
http://www.geocities.jp/kyoketu/59051.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
親指というのはけっこう重要なようで、手の親指でも、両方の親指を重ねて細い紐などで結わえただけで外せなくなります。
足の親指だと立ち上がることが出来なくなり前のめりになるようです。

高橋おでんの墓は谷中霊園にありますね。桜並木の中にひっそりと建ってますが、死刑になった人間の墓にしては立派ですね。
誰かが後から建てたのかな?
ねこのひげ
2014/08/10 06:35
コメントをありがとうございます。

 高橋お伝にしろ、夜嵐お絹にしろ、現代の「相場」では長期の懲役刑で済んだのでしょうに、お気の毒でした。
 写真検索で見たら立派なお墓ですね。しかもちゃんと供えられたばかりの花もありました。我が家の墓よりもだいぶマシなようです。
 勝手な推測ですが、幽霊が出るという噂が立って、彼女の魂を慰めるために地元の人たちがお金を出し合ったのかも。もちろん、お伝の親戚が建てたのかもしれませんけど。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/08/10 10:49

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