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zoom RSS 江戸に多くいた椋鳥(むくどり)。どんな人のことなの?

<<   作成日時 : 2014/07/05 06:25   >>

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★歴史★
問題:江戸時代の江戸にはさまざまな人がいました。上は将軍様から下は非人まで。士農工商の枠組から上下にはみ出した人たちまでいたわけですね。
■横方向にはみ出した人たちもいます。聖職者と呼ばれる人たち、神官や僧侶です。俗世間とは異なる約束事の中で生きる…という建前ではありますが、実際には女犯の罪などは犯し放題だったともいわれます。品川の宿場女郎たちは芝増上寺の坊さんたちが上得意だったようですし、上野にあった私娼窟「いろは茶屋」の上得意は寛永寺などのお坊さんたちだったらしい*2。戒律を守って生涯を送る人のほうが少なかったのかな。
■江戸の人々の中で、身分も可処分所得も低い人たち、いわゆる庶民の中に、椋鳥と呼ばれる連中がいたそうです。それも少なからぬ人数でいたらしい。では椋鳥とはどんな人でしょうか? 次の中から選んで下さい。
[い]神社や寺の境内に居座ったホームレス
[ろ]農閑期の出稼ぎ人
[は]近郊農家から屎尿(しにょう)を買いに来る人
[に]博打で身ぐるみ剥がされて震えている人
[ほ]家を締め出され軒下に立っている人
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]農閑期の出稼ぎ人
説明:椋鳥は、「農閑期に江戸に出て働く冬場の出稼ぎ人のことで、江戸では出稼ぎ人一般をいう」とのこと。一種の蔑称のようです。小林一茶は、信濃から江戸に向かう道中で「椋鳥と 人に呼ばるる 寒さかな」という句を詠んでいるそうです。もし蔑称でなく敬称だったなら、「寒さかな」ではなく「暖かさ」と詠んだのかな。
■天保(てんぽう)14年(1843年)7月の調査では、3万4201人の出稼ぎ人が確認されているらしい。男が2万5848人、女が8353人*1。女性も少なくはないようですね。
■出稼ぎの人が多く就く仕事は、人宿(ひとやど)の寄子(よりこ)、辻番請負人の寄子同様の人、米搗(つ)き・水主(船頭)、軽子(担ぎ人足)、駕籠かき、大鋸職(おがしょく?、製材所あるいは建築現場で木材を切る仕事)、杣(そま、きこり)、饂飩杜氏(ウドン職人?)、車力(車引き)、手間取りの髪結い、冬季の奉公人などがあったらしい。ほとんどが荒稼ぎ(荒働き)と呼ばれる体力を要する仕事だそうです。今で言う3Kなのかな。
■なお、寄子というのは居候の一種らしい。人宿は口入れ屋・職業紹介所であり、そこに寝泊まりして奉公口を探している状態が人宿の寄子のようです。
■椋鳥は江戸に定着することもあったようです。奉公先で出世したり、独立して成功する人たちもいました。三遊亭圓朝の落語「塩原多助(たすけ)一代記」で知られる炭屋塩原太助(たすけ)は、炭団(たどん)を発明して大成功を収めたと言われます*4。江戸後半の立身出世物語の代表になっているようです。
■余談です。現代の椋鳥、羽の生えた本物のムクドリは、口絵写真のような姿をしているらしい。駅前広場などに大量に集合し、糞害で商店や通行人を悩ませているそうです。JR長岡駅前の街路樹にもムクドリの大群が発生して問題となっていたようです。でも知恵者がいて、捕獲したムクドリの鳴き声を収録し大音量で流してみたところ、ムクドリは去っていったそうです。このカセットテープとかCDが流通し、他の場所での大量発生にも有効だったとのこと。ただし、ムクドリたちはその場所を回避するだけです。移動した先で糞害が起きることもあるようです。
◆参考*1:書籍「江戸文化歴史検定公式テキスト上級編【江戸博覧強記】」初版183頁、江戸文化歴史検定協会編、ISBN978-4-09-626602-1、小学館
◇*2HP「「いろは茶屋」ってどんな場所なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200909/article_34.html
◇*3HP「ムクドリ - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%83%89%E3%83%AA
◇*4HP「塩原太助 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E5%8E%9F%E5%A4%AA%E5%8A%A9
◇*5HP「ムクドリ - Wikipedia」(口絵写真)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%83%89%E3%83%AA

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
今も昔も、出稼ぎは大変だったようですね。

一休禅師は『極楽入りがたし、さらに魔界入りがたし』とか言っておりますね。
坊さんたちも『煩悩の犬は追えども去らず』だったのでありましょうな〜
いまの坊さんたちは女犯などはどこ吹く風のようでありますがね。
ねこのひげ
2014/07/06 05:35
コメントをありがとうございます。

 肉欲を断つのは難しいことなんでしょう。にもかかわらず、多くの宗教では聖職者は肉欲を断つべしと言われてきました。
 妻帯を認めたという親鸞登場以前の仏教でも、聖(ひじり、職業的宗教人)なのに子どもが3人とか、愛人に殺されかけたとか、平安時代でもかなり乱れていたと、最近読んだ本に書いてありました。やれやれ。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/07/06 09:33

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