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zoom RSS 浅草寺にある文房具の碑。どんな道具の石碑なの?

<<   作成日時 : 2014/05/10 08:48   >>

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★歴史★
問題:金龍山浅草寺(きんりゅうざんせんそうじ)。浅草の観音様は、そんな名前のお寺さんらしい。古いお寺さんです。徳川家康が江戸に来たのが1600年のちょっと前と言われています。それより1000年近く前。西暦628年ごろに創建されたお寺さんだそうです。治めていた天皇は推古天皇。最晩年らしい。
■ちなみに、彼女は日本史上初の女帝だそうです。ということは、卑弥呼は「女帝」ではないのかな。日本が統一されていなかったころの女親分だからかな。
■江戸時代の初期には、浅草寺は江戸にはなかったらしい。というか、江戸がまだまだ小さくて、浅草も江戸の郊外だったようです。1600年代の中ごろ、江戸がどんどん膨張して浅草を飲み込んだようです。
■以前、弊クイズでもご紹介したように、19世紀には浅草寺の境内に1万人もの人が住んでいたといわれます。江戸に流入してくる人たちの受け皿になっていたらしい。多くの長屋が作られ、月に680両もの家賃収入があったそうです*3。境内もいまよりもだいぶ広かったといわれます。
■浅草寺にはさまざまな建物や遺物が残されています。たとえば雷門。表側には風神・雷神像が置かれています。裏側には金龍という女神と天龍という男神の像が置かれているとのこと。なぜか金龍と天龍は左手に野球の硬球を持っています。夫婦で始球式に向かうところなのかな*8。
■浅草寺の遺物中で珍しいのは、江戸時代の戯作者山東京伝(さんとう きょうでん)の文房具の石碑だそうです。山東京伝は宝暦(ほうれき)11年(1761年)に生まれ、文化(ぶんか)13年(1816年)に亡くなった浮世絵師、戯作者(げさくしゃ)です。代表作、「江戸生艶気樺焼(えどうまれ うわきの かばやき)」は24歳のころの作品らしい。以前、弊クイズでも触れたように、寛政の改革の際に幕府のご機嫌を損ね、手鎖50日の刑を受けたこともあります。曲亭馬琴(きょくてい ばきん、滝沢馬琴、南総里見八犬伝などの著者)の師匠筋に当たります。
■山東京伝は、ある文房具を長く愛用していたらしい。脚気衝心(かっけしょうしん、脚気から来る心臓の発作)で頓死したのち、弟の京山が浅草寺にその文房具を埋めたそうです。文房具にまつわるお話を記した石碑を建て、長く伝えようとしたらしい。現在でも石碑が残されているそうです。
■では、山東京伝氏が長く愛用し、現在も浅草寺の片隅に埋められていると言われる文房具は次のどれでしょうか?
[い]墨
[ろ]筆
[は]硯(すずり)
[に]文鎮(ぶんちん)
[ほ]机
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]机
説明:グーグルの画像検索で調べると、机塚はどういう理由なのか駐車しているクルマに挟まれていました。駐車場の中にあるのでしょうかね*9。
■石碑には、京伝自身の作といわれる狂歌も刻み込まれているそうです。「耳もそこね あし(足)もくしけて もろともに 世にふる机 なれも老いたり」。「くしけて」は「挫(くじ)けて」なんでしょうね。京伝は享年55とのことですが、晩年には足が少し不自由だったようです。脚気の症状の可能性がありますね。「なれも」は「お前も」です。自分とともに年を取ってきたなぁ…と慨嘆しているらしい。
■山東京伝は、生涯に1つの机だけを使ったそうです。9歳のときに手習いを始めるのですが、このとき、父からもらった机を生涯愛用したとか。修理しながら大切に使ったのでしょうけれど、それでもガタは来ていたのでしょう。なお、「近世人物夜話」という書籍の説では、机を贈ったのは母だそうです*10。ガタの来た机は、石碑のある場所あたりに埋められているそうです。ほぼ200年も経過しています。いまさら掘り返してもほとんどボロボロなんでしょうね。
■石碑の裏側には山東京伝と親しかった蜀山人(しょくさんじん)、大田南畝(なんぽ)の文が記されているとのこと。また、弟京山が蜀山人に送った「京伝の石碑に文を書いてくれ」と依頼する文章も残っているそうです。なかなか興味深い遺物のようです。
■余談です。山東京伝は筆名だそうです。そんな苗字のタレント議員もいたので、山東は実名かとも思いましたが違うらしい。岩瀬醒(さむる)というのが本名だそうです。浮世絵師としては北尾政寅(まさとら)と名乗っていました。
■生涯のほとんど現銀座一丁目で過ごしたそうです。そこが江戸城の紅葉山の東にあたるので「山東」とのこと。京橋のたもとでしたし、通称が伝蔵だったので、京橋の伝蔵略して「京伝」*11。つまりは、ほとんどが住所の説明だったらしい。そこで煙草道具の店を開いて人気を得ていたようです*7。
◆参考*1:HP「大成建設 | ライブラリー - 浅草寺 京伝の 机塚」
http://www.taisei.co.jp/about_us/library/column/tower/2008/1226821973704.html
◇*2HP「浅草寺 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E8%8D%89%E5%AF%BA
◇*3HP「江戸時代に1万人もの人が住んでいたというお寺はどこの寺なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201303/article_14.html
◇*4HP「江戸時代の筆禍で手鎖50日の刑を受けたのは歌麿なの三馬なの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/201404/article_17.html
◇*5HP「山東京伝の命日。酸いも甘いも噛み分けた流行作家の配偶者はどんな人? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200709/article_13.html
◇*6HP「「テンプラ」に「天麩羅」という漢字を当てたのは有名な人? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200609/article_88.html
◇*7HP「絵文字入り文書の先駆者? 江戸時代の絵入り暗号文書を解読できるかな? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200806/article_30.html
◇*8HP「東京今昔物語 その5 浅草・浅草寺(2) 雷門 | 質素な写真展示室」
http://susono.jugem.jp/?eid=1777
◇*9HP「東京都台東区の歴史 山東京伝机塚の碑(浅草寺)」
http://tokyotaito.blog.shinobi.jp/%E6%B5%85%E8%8D%89/%E5%B1%B1%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%BC%9D%E6%9C%BA%E5%A1%9A%E3%81%AE%E7%A2%91%EF%BC%88%E6%B5%85%E8%8D%89%E5%AF%BA%EF%BC%89
◇*10書籍「近世人物夜話」文庫初版196〜199頁、森銑三(せんぞう)著、ISBN4-06-158878-8、講談社

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
机塚とは面白いですね。
不忍池の弁天堂のそばにも鰻塚とか筆塚などの塚がひっそりと建ってますね。

江戸というといまの東京都と同じ広さかと錯覚してしまいますが、かなり狭かったんですよね。
白金や渋谷など、いまは高級住宅街ですが、江戸時代には白金村、渋谷村なんて呼ばれてましたからね〜
深川なんて江戸の人間は怖くて行けないなどと書いている小説もありました。
ねこのひげ
2014/05/11 07:54
コメントをありがとうございます。

 鰻塚とか筆塚も面白いですね。どちらも大量に生産・消費されたんだろうな。
 儲けさせてもらった人たち…生産者が作った塚なのかな。
 筆の場合は消費者側が作った塚かもしれませんね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/05/11 10:09

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