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zoom RSS 寛政の改革でケチをつけられた落語の会。どんな名目でこっそり開催したの?

<<   作成日時 : 2014/05/31 09:44   >>

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★歴史★
問題:松平定信(さだのぶ)の寛政の改革は、天明(てんめい)7年(1787年)から寛政(かんせい)5年(1793年)、定信が老中に在任しているときに行なわれたようです。老中失脚後も、寛政の改革の精神自体は幕末まで幕府内にとどまっていたようですが。
■松平定信政権の前は田沼時代です。重商主義というユニークな特徴があるのですが、どちらかといえば贈収賄のことばかりが取り沙汰されますね。狂歌でも同様です。「田や沼や 汚れた御世(みよ)を 改めて 清らに住める 白河の水」という作品が生まれました。「田や沼」はもちろん田沼意次(おきつぐ)のやりかたを指します。松平定信は白河藩主だったので、清潔な政治に期待する庶民の気持ちが込められているわけですね。
■さらに「どこまでも かゆきところに 手の届く 徳有る君の 孫の手なれば」という狂歌もあります。「徳有る君」は、8代将軍吉宗のことらしい。松平定信はその孫であり、世が世ならば将軍になれた…かもしれない人物だそうです。背中を掻く孫の手にかけて、細かいところまで政治が行き届いていると褒めています。
■でも蜜月の時間はいつまでも続くわけではありません。配偶者も為政者も、長くつきあうのは大変です。アラが見えてきて、うんざりしてくるわけですね。倦怠期に入った庶民は次のように詠んだらしい。「世の中に 蚊ほどうるさき ものは無し ぶんぶといふて 夜も寝られず」。「ぶんぶ」は文武です。武士勢力の衰退、町人の台頭を食い止めるのも、寛政の改革の目的だったのでしょうね。精神論なのかな。いろいろ五月蠅い(うるさい)ことを言い出した定信は、古女房や古旦那同様に嫌悪されていくようです。
■そしてとどめが刺されます。「白河の 清きに魚の 住みかねて 元の濁りの 田沼恋しき」。あれをするなこれをするなと五月蠅い定信の政治よりも、元の田沼時代ほうがよかったという町人の本音が聞こえます。田沼意次の重商政策を転換した重農・復古・理想主義は、わずかに7年ほどしかもたなかったようです。
■寛政の改革の影響で、落語の世界もいろいろ迷惑をこうむったようです。当時はまだ寄席が定着していなかったらしい。町人の富裕層、あるいは通人の武士などが集まり、創作の小噺(こばなし)を披露しあう会などを催していたようです。日を決めて料理屋などに集合し、酒と料理と小噺で時を過ごすわけですね。
■寛政(かんせい)5年(1793年)に落語小噺の会は禁止されたようです。「このご時世に贅沢をしておどけ話に興じるとはけしからん」ということらしい。なんだか理由が曖昧です。一部の武士は、町人たちが自由に伸び伸びと生きていると不愉快を覚えるのでしょうかね。
■しょうがないので、町人たちは、集会は行ないますが、別の名目を立てて行なったらしい。では、その名目とは次のどれでしょうか? (正しいものは無いかもしれませんし、複数かもしれません)
[い]町内の連絡会
[ろ]町火消しの年次総会
[は]「今昔物語」の講義
[に]心学の公開講座
[ほ]料亭の主人の結婚披露宴
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]「今昔物語」の講義
説明:参考資料*1によれば、その前年のお達しの影響で、寛政(かんせい)6年(1794年)の正月には、「今昔物語」の講義とか、「宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)」の講義という名目で、小噺の会が盛んに行なわれたそうです。
■落語の「二番煎じ」を思い出します。火の用心のための夜回りに駆り出された町人たちが、番小屋で酒を飲みます。寒い晩にはなによりの御馳走です。でもときどきやってくる監視役の武士に見つかったら大変です。徳利や瓢箪(ひょうたん)に入れたままでは飲みません。土瓶にうつし、火鉢で温めて燗を付け、風邪のための煎じ薬という名目で飲み回しています。
■運悪く、見回りの武士がやってきます。いま何かを注いでいたな。それは何だ。これは風邪に効く煎じ薬でございます。そうか。それはよかった。身共(みども)もちょうど風邪をひいておる。一杯貰おう。万事休す。どんなお叱りを受けるか。びくびくしながら熱燗を注ぎます。
■これはいい。この薬はよく効きそうだ。どうやら洒落のわかる人物らしい。助かったのですが、妙に酒に強く、どんどん飲まれてしまいます。このままでは自分たちの分が無くなってしまう。そこで、もう一杯という催促に、これで終わりましたと断ります。いい機嫌になった武士は立ち上がります。そうか。では身共は少し見回りをしてくる。その間に二番を煎じておくように。
■オカミが無理難題を吹っかけてきても、町人は上手にはぐらかしながら生きていく。その見本が小噺の会の名目であり、酒を煎じ薬と偽る度胸なのでしょうね。
◆参考*1:書籍「物語 江戸の事件史」初版113〜116頁、加太こうじ著、ISBN4-651-70502-2、立風書房
◇*2HP「二番煎じ (落語) - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E7%95%AA%E7%85%8E%E3%81%98_(%E8%90%BD%E8%AA%9E)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
我々の学生時代にも勉強会と称して集まったのがいつのまにか飲み会になっていたことがたびたび・・・・(^^ゞ
ねこのひげ
2014/06/01 06:16
コメントをありがとうございます。

 さらに遡って、小学生のころ、宿題を一緒にやろうとかいって友達の家にお邪魔し、結局遊ぶだけで帰って来たなんてこともありますね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2014/06/01 13:02

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