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zoom RSS 江戸時代の人々が見物できた動物はどれ?

<<   作成日時 : 2014/03/22 08:19   >>

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★歴史★
問題:ご存知のように、江戸時代には、外国との取引きは長崎に限定されていました。オランダと中国だけが許されており、他の国の人々はすべて排除されていたようです。
■連中は、年に1回来訪するぐらいだったそうですが、その都度、なんらかの珍獣・珍鳥を運んできたようです。将軍へのご機嫌取りなのか、あるいは商売として販売したのかは知りませんが、ずいぶんいろいろな種類の羽のついた動物あるいは四つ足で歩く動物が運ばれてきたらしい。
■人気のある動物は、京大坂や江戸に運ばれ、見せ物となったようです。ご承知かもしれません。享保(きょうほう)13年(1728年)にやってきた象(インド象3頭)はたいへん人気がありました。当初は8代将軍吉宗が飼っていましたが、餌代があまりにかかるので民間人に払い下げ、中野あたりで見せ物になったようです*1。文化(ぶんか)10年(1813年)にも1頭やってきているようです。
■では、次の動物の中で、実際には日本に来ていないのはどの種でしょうか? (正解はないかもしれませんし、複数かもしれません)
[い]駝鳥(だちょう)
[ろ]虎
[は]オランウータン
[に]鰐(わに)
[ほ]駱駝(らくだ)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:すべて日本に来ている
説明:本物の駝鳥は、1658年(万治(まんじ)元年)にやってきたそうです。これが唯一の本物の駝鳥らしい。「本物の」と断るのは、わずかに似たヒクイドリを駝鳥として見せ物にしていた事例があるからです。たとえば参考資料*1によれば、寛政(かんせい)3年(1791年)に堺町(さかいちょう、現日本橋人形町3丁目)で興行されたとのこと。参考資料*2によれば、文政(ぶんせい)8年(1825年)にもヒクイドリはやってきています。ひょっとしたら江戸時代の人たちは、ヒクイドリを駝鳥と呼んでいた可能性があります。人間の背丈よりも大きな駝鳥が来たときには驚いたでしょうね。
■虎は文久(ぶんきゅう)元年(1861年)に本物がやってきたそうです。10月頃、麹町で興行されたとのこと*1。それまでにも虎の見せ物はあったらしい。たとえば参考資料*2によれば、文政(ぶんせい)10年(1827年)に2頭きています。ただし、これらは少し小型の豹だったらしい。江戸時代の人たちは豹を虎と呼んでいた可能性があります。…なんだか上の項に似ていますね。もっとも参考資料*2によれば、「豹を虎」とはっきり偽装表示していたわけではないらしい。「虎の子」であると説明していたそうです。あまりかわらないか。
■余談です。口絵は、写実を旨とした円山応挙が描いた襖絵の虎です。円山応挙は寛政(かんせい)7年(1795年)に亡くなっています。本物の虎を見ていないはず。にもかかわらず虎を描いています。現代の者から見ると、失敗作ですね。写実を旨とする応挙らしくありません。漫画ですね。襖絵ですので、大名か豪商に描かされたのかもしれません。「私は見たことがありませんから虎は描けません」といったんは断るのですが、百両だすから描けと無理強いされた…というのは憶測ですが。
■オランウータンは、18世紀中に2度、日本に連れてこられたらしい*2。人気はいまひとつだったのかもしれません。19世紀には来ていません。
■鰐は、弘化(こうか)3年(1846年)に来ています*2。イリエワニという種類だそうです。「現生の爬虫類の中では最大級」だそうです。体長5m体重450kgにもなるらしい。どうやって捕まえて、どうやって運んできたのでしょうか。
■駱駝は、文政(ぶんせい)4年(1821年)にヒトコブラクダが4頭来ているようです*2。文久(ぶんきゅう)3年(1863年)にも来て、このときはフタコブラクダだったらしい。西両国や浅草で興行されたらしい。駱駝は、とても人気があったようです。あのヌーボーとした風貌が当時の人々にはたまらなく面白かったのかな。古典落語の演目にも「らくだ」という有名なお話があります。
■なお、参考資料*2の「舶来鳥獣図誌」は、御用絵師の描いた画集です。「長崎の代官かつ町年寄をつとめた高木家では、珍しい鳥獣が到来するごとに御用絵師に絵図を描かせた」とのこと。で、江戸の幕府に送っていたらしい。その控えから「唐蘭船持渡鳥獣之図」という画集ができたようです。現在は慶應義塾図書館が所蔵しているとのこと。これを原本として参考資料*2の「舶来鳥獣図誌」ができたらしい。どの絵も実物の写生です。円山応挙の虎のような滑稽なボケはありません。
◆参考*1:HP「象が初めて日本に渡ってきた日。誰に謁見したの? 町人思案橋・クイズ集/ウェブリブログ」
http://blog.q-q.jp/200807/article_25.html
◇*2書籍「舶来鳥獣図誌」初版、磯野直秀/内田康夫解説、ISBN4-89694-735-5、八坂書房
◇*3HP「イリエワニ - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%AF%E3%83%8B

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
全部が来ているとは思いませんでした。
日本人は昔から珍しい物があると見たがるという好奇心旺盛な国民のようですね。
中野のゾウの骨があるというお寺に行ったことがありますよ。
たまたま、通りかかって説明文を読んで中をのぞいてみましたがそのときは公開されてませんでした。
ザンネン('◇')ゞ
ねこのひげ
2014/03/30 06:39
コメントをありがとうございます。

 ゾウの骨があったのは青梅街道沿いの宝仙寺でしょうか。かなり昔ですけれど、その近辺に勤務先があり、そんな噂も聞きました。

 ゾウは栄養失調で死んだと記されたHPがありました。気の毒にまだ22歳の若さだったとか。寒さとひもじさの中で夭折したとは、言葉もありません。
m(_ _)m
ねこのひげ様<素町人
2014/03/30 21:39

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