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zoom RSS 口絵の珍妙な格好をした人物はどんな場所に行こうとしているの?

<<   作成日時 : 2013/11/27 06:48   >>

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★歴史★
問題:西洋の歴史に関する問題です。ある時期のある国のある人々は、口絵のような格好をして町を歩いていたらしい。頭には目出し帽のようなものを被っています。プロレスラーのマスクにも似ていますね。大きなクチバシもつけています。頭部は全体として鳥に見えますが、なぜかつばのついた帽子をさらに被っていますね。
■手には手袋をはめています。棒なのか杖なのかわからない細長い物を持っています。膝までのコートのような服、やたらとボタンのたくさんついた服を着て、靴は履いているのかどうかよくわかりません。似たような絵がネットに掲載されているのを眺めると、他の人たちは履いています。口絵の人もきっと履いているのかな。だとすると、とても長い長靴であり、縁は膝よりも上まで来ているように見えます。
■さて、この人はどんな役目を持ち、どんな場所に行こうとしているのでしょうか? 下の選択肢から選んで下さい。
[い]学校の先生であり、生徒を罰するための儀式が校庭で行なわれるので、そこに向かうところである
[ろ]裁判官であり、裁判所で魔女たちを取り調べるために職場に向かうところである
[は]処刑人であり、処刑場に向かうところである
[に]祭の幹事役であり、教会までの行列を先導するために、町の入口に向かうところである
[ほ]医師であり、ペストの患者を見舞うところである
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]医師であり、ペストの患者を見舞うところである
説明:1664年(寛文(かんぶん)5年)の夏、ペストがロンドンを襲ったそうです。その前年にはオランダで猛威をふるっていたらしい。
■日本でいえば江戸時代の前期ですね。黄門様こと徳川光圀(みつくに)が33歳ぐらいで水戸藩第2代藩主に就任したのが寛文(かんぶん)元年(1661年)だそうです。ペストが流行したころは、4代将軍家綱(在任慶安(けいあん)4年(1651年)〜延宝(えんぽう)8年(1680年))の治世でした。
■1665年(寛文(かんぶん)5年)に入ってもロンドンのペスト禍はおさまらなかったようです。王様一族はとっととロンドンから脱出したらしい。日本でも京都の1部の人は、夏になると比叡山に隠れて流行病からのがれるという習慣があったらしい*3。
■偉い人や金持ちはいいけれど、庶民は逃げ出せません。イギリス中の人々は流行している場所、つまりロンドンからの旅人を受け入れないようになっていたらしい。ペストの流行は何度もありました。客を拒絶することで町や村がペストから守られることを、経験から知っていたようです。
■中には、ペストの災禍を克明に記録してやるという凄い志でロンドンに残った上流階級の人もいたらしい。後に王立教会会長もつとめたサミュエル・ピープスという人物はその1人です*4。1633年(寛永(かんえい)10年)生まれですので、黄門様より5歳年下です。ペストが流行しはじめた年には31歳ぐらいでした。
■彼らによってロンドンの様子が現代に伝えられているそうです。例の鳥みたいな格好の医師もその風俗の1つらしい。医者があんな格好をしているのは、現代の防護服によく似ているとも言えます。手袋をしているのはたしかに感染をふせぐ助けにはなるかもしれません。全身を覆っているのもいいことなのかな。ペストは、本来はネズミの病気なのですが、ノミを媒介としてヒトにも感染するらしい。ネズミ→ノミ→ヒト→ノミ→ヒト…と伝染していくことがあるそうです*2。まずは患者からノミを移されないようにしなければなりません。
■クチバシの部分は、感染予防のためというよりも、悪臭対策だそうです。ペスト患者とその家族は、家に監禁されてしまい、扉に赤い×印をつけられ、3ヶ月経たないと出して貰えないそうです。その間に新たな患者が発生すれば、そこからさらに3ヶ月勘定されるらしい。そのうち全滅しちゃいそうですね。
■監視人がいるので、外出はできないらしい。排泄物や嘔吐物がたまって、患者の家はものすごい悪臭がしたとのこと。医者たちは、クチバシの部分に香りの強い草などを詰め、悪臭をまぎらわしたようです。
■政府の命令がさらに事態を悪化させたらしい。すべての犬と猫を殺せという布告が出されたそうです。町を衛生的に保つための措置だったようですが、ネズミの敵がいなくなったため、ペストはさらに蔓延します。ロンドンは無政府状態に陥ったらしい。死体はまともに埋められず、路上に放り出されたまま放置されたりしたようです。最大7万人が犠牲になったと言われているようです*2。
■ペストの流行は1665年(寛文(かんぶん)5年)がピークで翌年、突然におさまりました。ロンドンが大火に襲われたそうです。市内の家屋の85%、1万3200戸が焼失したとのこと*5。多くの財産とともに、ネズミもノミも放置された遺体も、そしてペスト菌そのものも、熱によって消えました。幸いにも火災による死者は1桁といわれるぐらいに少なかったようです。その後、ロンドンは再生して、再び世界有数の大都市として発展していくことになります。
■なお、サミュエル・ピープス氏は1703年(元禄(げんろく)16年)に亡くなっています。このときのペストからはまぬがれたようですね。黄門様はその2年前、元禄(げんろく)14年(1701年)に亡くなっているようです。
◆参考*1:書籍「恐怖の都ロンドン」初版29〜34頁、スティーブ・ジョーンズ著/友成(ともなり)純一訳、ISBN4-480-85667-6、筑摩書房
◇*2HP「http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM1002_03.pdf#search='ペスト+1664'」(第4 回「ペスト」−中世ヨーロッパを揺るがせた大災禍)
http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM1002_03.pdf#search='%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88+1664'
◇*3HP「都の人が夏に比叡山に隠れるのはなんのため?」
http://blog.q-q.jp/200703/article_12.html
◇*4HP「ケンブリッジ大学の卒業生が知らなかった基礎知識とはなに?」
http://blog.q-q.jp/201310/article_7.html
◇*5HP「ロンドン大火 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E5%A4%A7%E7%81%AB

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日本におけるペストの犠牲者はどのぐらいいたの?
●●●●●★歴史★● 問題:ペストは恐い病気です。致死率が高い。 ■昔は黒死病とも呼ばれたらしい。罹患すると皮膚が黒ずんでくるそうです。Wikipediaのペストの項には 次のような記述があります。 ---「1347年10月(1346年とも)、中央アジアからイタリアのシチリア島のメッシーナに上陸した。ヨーロッパに運ばれた毛皮についていたノミが媒介したとされる。1348年にはアルプス以北のヨーロッパにも伝わり、14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し、猛威を振るった。全世界で... ...続きを見る
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
当時のロンドンは下水などがなく、道路にぶちまけていたそうですから、汚いことこのうえない都市だったようですね。
江戸はすでに下水などが完備されていたし、古代ローマでも水洗便所があったんですがね。
退化していたんですかね。
ねこのひげ
2013/12/06 01:46
コメントをありがとうございます。

 パリもロンドンも江戸よりは汚かったようですね。
 江戸や大坂では糞尿が金になったので、みんな汚穢屋(おわいや)さんが持って行ってしまいます。

 西洋人は、肥料として人糞を使うのができなかったといわれます。
 パリの裏通りを通ると、時には上から小便が降ってくるという噂は、戦後でもありました。事実かどうかは知りませんけど。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/12/06 12:56

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