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zoom RSS 俳聖松尾芭蕉の別号はなんというの?

<<   作成日時 : 2013/11/21 08:48   >>

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★日本語★
問題:蔵を整理していたら奥のほうからかなり古い短冊が出てきました。何が書いてあるのかはあまりに流麗な書体なのでわからない。でも署名だけは平仮名なのでなんとか読めそうです。「はせを」と書いてあるように見える。う〜ん、なんとなくお宝の臭いがします。この短冊は「開運!なんでも鑑定団」に出品する価値のあるものでしょうか。
■出品して恥をかくか。はたまた高額な鑑定結果がでるのか。それはわかりません。でも、少なくともそのサインは松尾芭蕉を意味するらしい。芭蕉(ばしょう)は、歴史的仮名遣いでは「はせを」と書くのでしょうか。そんな署名を残しているそうです。もし真蹟(しんせき、真筆)ならば、状態にもよりますが、最低でも数十万円なのかな。
■松尾芭蕉は寛永(かんえい)21年(1644年)に生まれ、元禄(げんろく)7年(1694年)に亡くなっています。人生50年の体現者らしい。現在の三重県伊賀市の出身だそうです。甚七郎・甚四郎などの通称もあったとのこと。名は忠右衛門宗房(ちゅうえもん むねふさ)と言われます。人別帳なのか分限帳なのか、当時の戸籍にはそんなふうに書かれていたようです。
■29歳のころに江戸に出て俳句の宗匠として活躍します。最初は宗房、最後は「はせを」こと芭蕉という俳号を使ったようです。では、そのあいだで使われ、江戸の風流人にも広く認知されていた俳号は次のどれでしょうか?
[い]朝顔(ちょうがん)
[ろ]桃青(とうせい)
[は]栗村(りっそん)
[に]竹桜(ちくおう)
[ほ]秋鶴(しゅうかく)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★日本語★
正解:[ろ]桃青(とうせい)
説明:江戸に出てきた芭蕉は最初日本橋小田原町に住み、8年ほど経って深川に芭蕉庵を結びます。そのころは桃青という俳号を使っていたようです。現在でも芭蕉の命日は桃青忌と呼ばれるらしい。陰暦の10月21日、2013年は明後日11月23日が319回目の祥月命日です。俳句関係者は何か催しでも予定しているのかな。
■ちなみに日本橋小田原町は、現在の日本橋室町だそうです。三越の本店があったり、三井不動産、東レなどの大手企業が本拠地とするビジネス街ですね。すぐそばには日本国道路元標(げんぴょう)があります。東海道・中山道など五街道の起点となった場所なのかな。
■江戸時代の川柳に、「詩は李(すもも) 和歌柿俳に 青い桃」というのがあるそうです*2。詩は漢詩ですね。李は唐の李白(李太白)を示します。柿は歌の神様とも呼ばれる柿本人麻呂、青い桃は芭蕉庵桃青。韻文の3名人の名前はみんな果物屋の店先に並んでいそうですね。
■芭蕉は武士の家に育ったからでしょうか、少し生真面目で、敬遠されることもあったらしい。でも、芭蕉の弟子や知人には道楽者も多くいたそうです。弟子の宝井其角(きかく)は、江戸っ子で鉄火な性分であり、かつ遊び人だったらしい*4。其角の家には破笠老人(はりゅうろうじん?)という名前ばかり年をとった若者とか、俳人服部嵐雪(らんせつ)がころがりこんで居候をしていたことがあったそうです。でも嵐雪などは俳句の集まり以外は師匠に会わないようにして避けていたらしい。気詰まりだったようです。嵐雪自身も下級とはいえ武士の出身だそうですが*5。
■蕉門十哲とよばれる主立った弟子の1人、杉風(さんぷう?)という人の耳は不自由だったそうです。それを哀れんだのか、芭蕉は生涯聾(つんぼ)の句を作らなかったそうです。聴覚に訴える作品はたくさん残しています。代表作「古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音」や「閑さ(しずけさ)や 岩にしみいる 蝉の声」などは、杉風氏にはその真の意味がわかりにくかったのかな。
■なお、杉風は魚問屋の主人であり、可処分所得が多く、芭蕉の終生の後援者だったというお話もあります*1。ということは人情から遠慮したのではなく、台所事情からの遠慮かもしれませんね。テレビドラマの中では提供企業のライバル会社の製品を写しません。それと似た配慮なのかな。
◆参考*1:HP「松尾芭蕉 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B0%BE%E8%8A%AD%E8%95%89
◇*2書籍「世界人物逸話大事典」初版929頁、朝倉治彦・三浦一郎編、ISBN4-04-031900-1、角川書店
◇*3書籍「江戸川柳で読む百人一首」初版30頁、阿部達二著、ISBN4-04-703328-6、角川書店
◇*4HP「江戸っ子俳人宝井其角(きかく)。紀文の幇間(たいこもち)をしていたことがあるの?」
http://blog.q-q.jp/201104/article_8.html
◇*5HP「服部嵐雪 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E5%B5%90%E9%9B%AA

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
この桃青の芭蕉や北斎の若き日の活躍する小説を読んだことがありますが、なかなか面白かったですね。
ねこのひげ
2013/11/24 12:36
コメントをありがとうございます。

 現代でも詩人が飯を食っていくのはたいへんでしょう。ましてや著作権とか印税といった文化のない時代に芭蕉はよく生きて行けたなと長く不思議に思っていました。
 支援者・後援者がいたとのこと。ようやく疑問が氷解しました。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/11/24 14:39

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