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zoom RSS 江戸末期の村医者が1000人目の死を看取るまでには開業から何年かかったの?

<<   作成日時 : 2013/09/18 08:05   >>

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画像
★歴史★
問題:江戸の末期に静岡県で村の医者として活躍した村尾留器(とめき?)という人がいるそうです。医学の修業をしているときに、「1000人の患者の死を経験して初めて一人前になれる」といわれたようです。
■村尾さんはその言葉を信じつつ、村の医者として活動を続けます。その記録は「三省録」と「続三省録」という書物にまとめたらしい。
■では、村のお医者さんが開業してから1000人目の死を看取るまでにかかった月日はどのぐらいだったのでしょうか? 次の中でいちばん近い年月を選んでください。
[い]5年
[ろ]10年
[は]15年
[に]20年
[ほ]25年
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]10年
説明:参考資料*1によれば、12年かかったそうです。
■村尾留器という人物は、遠州(えんしゅう、現在の静岡県西部)の小松村という地域で医者をしていたらしい。寛政(かんせい)元年(1789年)ごろに生まれ、1854年(安政(あんせい)元年)ごろに亡くなっています。65歳ぐらいまで生きたのかな。
■当時、村に医者がいるというのは珍しいことだったかと思われます。落語「夏の医者」にも無医村から遠く離れた村に医者を呼びに行く話が描かれています。声のかかる医師は専業ではなく、半農半医(?)です。
■村尾留器より30歳以上も年上の4代目鶴屋南北(なんぼく)、「東海道四谷怪談」などで知られる歌舞伎の作者は、江戸の隣り、亀戸村に引っ越します。表札を掲げたところ、村の者に大歓迎されたそうです。医者と間違われたとのこと*2。江戸近辺でもそんな調子ですから、他の地域では、推して知るべしでしょう。
■村尾留器のサービスエリアは、小松村だけではなく、近隣の村々すべてだったかと思われます。そもそも、小さな村で年間に80人以上も亡くなっていったら、村の人口がどんどん減ってしまいそうです。
■どんな病気があったのでしょうか。蛔(かい、寄生虫)、傷寒(しょうかん、熱病)、麻疹(ましん)、痘瘡(とうそう)、胎毒(たいどく)、血痢(けつり)などだそうです。傷寒というのは、「漢方で、体外の環境変化により経絡がおかされた状態。腸チフスの類をさす」とのこと。麻疹は現在でいう「はしか」ですね。痘瘡は天然痘です。胎毒は、「乳幼児の頭や顔にできる皮膚病の俗称」だそうです。母体内で受けた毒が原因と思われていたからこんな名前になったらしい。胎毒は死に至る病ではないのかもしれません。血痢は、「便に血がまじって出る病気」だそうです。赤痢(せきり)のことらしい。
■12年目に無事千人目の死を送り、1人前になった村尾ドクターは、以後も村人の健康のために尽くしたのでしょう。それにしても平均して4〜5日に1人ずつの死を目撃しているわけです。普通の人とは異なる人生観を抱くようになるのかな。
■嘘かホントか、大学病院に勤務する40代の医師は、「現代なら、やろうと思えば3年で『一人前』になれる」と供述していました。冗談なのでしょうか。緊急救命センターに勤務すれば…という意味なのかな。
◆参考*1:書籍「江戸のアンダーワールド」初版6頁、太陽編集部編、ISBN4-582-63387-0、平凡社
◇*2HP「鶴屋南北(つるや なんぼく)の命日。日本で一番有名な幽霊、お岩さんの生みの親なの?」
http://blog.q-q.jp/201012/article_19.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ねこのひげの甥は今年大学を卒業して医者になりましたが、大学1年生の時に解剖をさせられて「おれは人間じゃあない」と落ち込んでいたそうです。
そうとうショックだったようです。
あのころの医者は免許がいらなかったからだれでも慣れたわけですから、とんでもない医者もいたようですね。
1000人で一人前というのはそれだけ経験を積まないと1人前とは言えないということでしょうけどね〜
それでもいやでしょうね。
ねこのひげ
2013/09/19 02:44
コメントをありがとうございます。

 甥御さんは駆け出しのお医者さんですか。人の死に立ち会うこともあるんでしょうね。頑張って立ち向かって欲しいものです。

 現代の医者でも、死と向かい合わなくてもいい科目もありますね。皮膚科とか歯科とか眼科とか耳鼻咽喉科とかでは、内科や外科に比べれば、死と向き合う機会が少ないかもしれません。こうした科目を選択したほうが気は楽なのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/09/19 17:09

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