大久保利通が最終的に東京遷都を決心したきっかけはどんなもの?

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★歴史★
問題:慶応(けいおう)4年7月17日。西暦でいえば1868年9月3日。江戸が東京と改称されました。同時に、徳川の時代と同様に、政治の中心がこの地に置かれることに決定しました。
■維新の3傑の1人、大久保利通が新政府の所在地を江戸に決めたそうです。ただし、大久保利通はもともとは大坂遷都を主張していたらしい。あるいきさつがあって江戸遷都に方向転換したそうです。ではその経緯とは、どんなことだったのでしょうか?
[い]木戸孝允(たかよし/こういん)の説得に応じた
[ろ]大坂案に猛反対する三条実美(さねとみ)、岩倉具視(ともみ)らの公家勢力に対する妥協案として江戸に決めた
[は]イギリス公使ハリー・パークスの助言を受け入れた
[に]1人の旧幕臣の建言に感心し、意見を変えた
[ほ]前島密(ひそか)や江藤新平(しんぺい)、大木喬任(たかとう)らの多数派工作に押されて不承不承、江戸案をのんだ
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[に]1人の旧幕臣の建言に感心し、意見を変えた
説明:慶応(けいおう)4年(1868年)の4月、旧幕臣前島来輔(らいすけ/くるすけ)が建言書を提出します。それを目にした大久保は自説をまげて江戸遷都を決意したといわれます。
■前島来輔は、江戸遷都の理由をいくつかあげています*1。
---首都は国土の中央に位置することが肝要で、当面の課題である蝦夷地(北海道)開拓が進めば江戸が中央になること、そして、蝦夷地開拓には江戸の方が便利であること。
---江戸には大名藩邸があり、政庁舎や学校等を建てる必要がないこと
---大坂は経済基盤がしっかりしており、首都としなくても都市として存続できるが、江戸は政府機関がなくなると衰微し、「東海の寒市」 になってしまうこと
---交通の便がよく、後背地が広いため拡大の余地があること
■明治9年(1876年)の春、内務卿だった大久保利通は、たまたま部下だった内務大丞(だいじょう)の前島密(ひそか)に江戸遷都の経緯を語ります。大丞は「明治初期の官職名のひとつ」だそうです。Wikipediaによれば、省内でのナンバー4らしい。内務卿である大久保はもちろんナンバー1です。
■大久保は前島に、建言書に心を動かされて自説をひるがえしたと語り、おなじ苗字の来輔という人物を知らないかと尋ねたそうです。「其は只今御前に在る前島密なり」と答えたとのこと。大久保はびっくりしたでしょうね。思わず目の前の卓を叩いて大声をあげたそうです。
■大久保は、建言書を紛失してしまった、写しでもあればと懇願します。前島密は写しを作成しましたが、大久保はこれを受け取ることなく、明治11年(1878年)5月14日にテロに散ったそうです。写しを依頼してから丸2年もあったのですから、早く作って渡してやれば大久保も喜べたのにね。
■余談です。幕臣前島来輔は、実は越後の農家の息子だそうです。江戸に出て洋学を勉強し、薩摩藩の洋学校の蘭学講師になります。慶応(けいおう)2年(1866年)に幕臣前島家の養子となっています。維新後は明治新政府の招請を受けて官僚として活躍し、ご存じのとおり、郵便制度を整備することに尽力するわけですね。葉書や切手という言葉を定着させた人としても知られています*4。
■幕末も明治も身分制度がやかましい時代ではあります。四民平等になったとはいっても、実は華族も士族も存在していました。しかし能力がある者に敬意を払う時代ではあったようです。前島密は武士や貴族ではありませんが、どんどん出世し、その能力で新しい制度を作り出します。この実力主義が新しい国を作っていったようですね*5。
◆参考*1:書籍「江戸東京歴史探検4 開化の東京を探検する」初版10~11頁、岩城紀子(のりこ)責任編集・東京都江戸東京博物館監修、ISBN4-12-490225-5、中央公論新社
◇*2HP「前島密 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E5%B3%B6%E6%9D%A5%E8%BC%94
◇*3HP「大丞 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B8%9E
◇*4HP「語源の問題です。郵便に使われる「切手」の由来は?」
http://blog.q-q.jp/200609/article_78.html
◇*5HP「1円切手の白髪の爺さんは誰だ?」
http://blog.q-q.jp/200603/article_54.html

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2013年08月31日 18:22
前島密は、この東京を首都に推したことと、郵便を広めたことはおおいに結構なことですが・・・・
日本語を全部ひらがな表記にしようとした人物でもありますね。
前島密の言うとおりになっていたら、どこやらの国みたいに、日本も困ったことになっていたでしょうね。
ねこのひげ様<素町人
2013年09月01日 20:05
コメントをありがとうございます。

 そういえばそうでした。彼はひらがな表記を主張したそうですね。

 伊藤忠の二代目伊藤忠兵衛という人はカタカナ表記を主張していたそうですね。ひらがな派もカタカナ派も、文化の断絶という問題については考えが及ばなかったのでしょう。狭い範囲での便利さを優先させようとしたのは、愚かな行為でした。同時にいささか無責任な行為にも見えます。

 日本語ワープロやパソコンが普及して以来、ひらがな派もカタカナ派も無意味な主張をしなくなった…のかと思いきや、いまでもカナモジカイとかいう財団法人があるらしい。
 Wikipediaによれば、現在の会員は150人ぐらいだそうです。レッドデータブックに登録されそうな勢いです。日本川獺(かわうそ)や西表山猫(いりおもてやまねこ)は絶滅してほしくないけれど、カナモジカイは絶滅しても気になりませんね。
(^^;)

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