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zoom RSS エラスムスの木像は日本のどこの町にあったの?

<<   作成日時 : 2013/07/27 06:36   >>

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★歴史★
問題:ある町の曹洞宗の寺の観音堂には、貨狄(かてき)様と呼ばれる高さ1m5cmほどの木像があったそうです。顔や姿がどことなく異様だったらしい。人々は「あずきばば」と呼んでいたそうです(口絵参照)。「いうことを聞かねえとあずきばばが来るぞ」と親におどされる子供たちもいたらしい。なお、貨狄とは、中国で初めて船を造ったという伝説上の人物だそうです。
■この木像は、実は16世紀オランダを代表する人文主義者、「痴愚神礼賛(ちぐしんらいさん、愚神礼賛とも)」の著者として有名なエラスムスの立像だったそうです。昭和の初めに考古学者によって明らかになったらしい。木像の容貌が、ルネサンス時代の画家ホルバインやデューラーの描くエラスムスの肖像に似ていたらしい。よく調べてみると、像の人物が手に持っている巻物にかすかに残る文字は、「エラスムス・ロッテルダム・1598」と読めたそうです。
■なお、人文主義とは、「ギリシャ・ローマの古典研究によって普遍的教養を身につけるとともに、教会の権威や神中心の中世的世界観のような非人間的重圧から人間を解放し、人間性の再興をめざした精神運動。また、その立場」だそうです。キリスト教が権力を握って人々を経済的・精神的に縛り上げていた時代の反骨なのかな。
■では、このあずきばば、貨狄様などと呼ばれていたエラスムスの木像は、どこの町の寺院にあったのでしょうか?
[い]長崎
[ろ]京都
[は]高知
[に]東京
[ほ]栃木
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]栃木
説明:栃木県の佐野市に龍江院(りゅうこういん)という曹洞宗の寺院があるそうです。エラスムスの木像はここに納められていたらしい*5。現在は国の重要文化財に指定され、東京国立博物館に保管されているそうです。
■オランダのロッテルダムからは、1598年(慶長(けいちょう)3年)の6月24日、5隻の船団が東洋を目指して出航したらしい*7。船団はマゼラン海峡をまわって太平洋に出たそうです。遠くはるかな道のりですね。
■やがて嵐にあって船団は四散してしまいます。そのうちの1隻が1600年(慶長(けいちょう)5年)4月29日に豊後国(大分県)の臼杵湾(うすきわん)に漂着したそうです。この船の最初の名前はエラスムス号。のちにリーフデ号と呼称がかわっていたらしい。木像は、船尾にとりつけられ、船を守護する聖者の像だったそうです。
■人文主義者エラスムスがなぜ航海の守護にかりだされたのか。元々は3〜4世紀に活躍したカトリックの聖人である聖エラスムスという人物が船乗りの守護聖人だったようです。名前がおなじところから、「痴愚神礼賛」の著者も航海者の守護者として利用されたらしい*6。後で触れますが、西洋ではエラスムスは超有名人らしいので、そんなことも起こりうるのかもしれません。
■リーフデ号に乗っていたのは24人だそうです。出発時には110人いたそうですが、ずいぶん減りました。生き残りの中にヤン・ヨーステンとウイリアム・アダムスがいたらしい。ヤン・ヨーステンは八重洲の地名の由来になった人物ですね。家康に厚遇され、江戸に屋敷を構えました。それが耶揚子河岸(やようすかし)と呼ばれていたそうです。いつのまにやら八重洲になったらしい。ウイリアム・アダムスは三浦按針(あんじん)という名前でも知られます。家康の命を受けて洋式帆船を2隻建造した人です。
■リーフデ号の守り神、エラスムスの木像は、臼杵城主の手に渡り、さらに家康の旗本牧野氏の手に渡り、その菩提寺龍江院へと贈られたそうです。世界を海路で半周してきた木像なんですね。
■余談です。エラスムス氏は、日本においてはそんなに有名人とはいえません。でも西洋では超有名人らしい。エラスムスは1516年(永正(えいしょう)13年)に、新約聖書のギリシア語原典を出版したそうです。全ヨーロッパで人気のまとになったとのこと。その人気のほどは、彼から手紙をもらった男が 「あれはエラスムスから手紙をもらった男だ」と人びとから騒がれるほどだった…と「エラスムスの勝利と悲劇」という本に記されているそうです。
■エラスムスを宗教革命の先駆者として考える人たちもいるようです。「エラスムスが生んだ卵をルターが孵した」という言葉があるらしい。ただし、2人の性格はまるで逆だったとのこと。ルターは議論好きで好戦的だったようです。エラスムスは争い事が苦手で、「もし大きな家屋敷を手に入れられるとしても、そのために訴訟をしなければならないなら、いさぎよく他人にとらせるよ」と発言していたらしい。
■なんだかよくわからない逸話をひとつ。ある坊さんが「『ソクラテスよお前は走る』と『ソクラテスは走る』は同じ意味だ」と発言したらしい。オックスフォード大学の学者はそれを「異端だ」と非難したようです。それをきいたエラスムス氏、「『おまるよ汝は臭い』と『おまるは臭い』は同じ意味だと言うとキリスト教徒でなくなるなんて、信じられるか?」。このわかったようなわからないような逸話は、「痴愚神礼賛」に記されているそうです。
◆参考*1:書籍「日本史こぼれ話 近世・近代 正編」新書初版7〜9頁、笠原一男/児玉幸多編、ISBN4-634-60340-3、山川出版社
◇*2HP「リーフデ号 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%87%E5%8F%B7
◇*3HP「デジデリウス・エラスムス - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A0%E3%82%B9
◇*4書籍「西洋人物こばなし辞典」初版47〜48頁、三浦一郎編、ISBN4-490-10218-6、東京堂出版
◇*5HP「貨狄尊者 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A8%E7%8B%84%E5%B0%8A%E8%80%85
◇*6HP「狂気に対するエラスムスの怒り - 思考の部屋」
http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/1bf5f6c43ccf25ed289a0748d33a052f
◇*7HP「ウィリアム・アダムス - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%82%B9
◇*8HP「「痴愚神礼賛(ちぐしんらいさん)」という妙なタイトルの本を書いたのはだれ?」
http://blog.q-q.jp/200610/article_7.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ウイリアム・アダムスを主人公にした小説を読んだことがありますが、話には関係ないからでしょうけど、エラスムスの木像は出てきませんでした。
徳川家康からお寺に奉納されたんですかね?
ヤン・ヨーステンは、国に帰るために長崎に行って貿易船に乗せてもらってマニラまでは行ったようですが、そこで亡くなったようですし、アダムスは日本で亡くなってますね。
当時の航海は命がけですね。
ねこのひげ
2013/07/28 08:57
コメントをありがとうございます。

 当時の航海はホントに命がけですね。24/110ですと、2年後の生存確率は22%弱ぐらいです。
 これは、早期発見できなかった場合の重大な病気の5年生存確率よりも低いかもしれません。

 そんな危ない航海に出たがる人とはどんな人なのでしょうか。根っからの冒険家なのか。金に目がくらんだ人なのか。何かから逃げ出したい人なのか。
 臆病者には想像がつきませんね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/07/29 01:53

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