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zoom RSS 江戸時代の女性が腰巻きに凝ったのはなぜなの?

<<   作成日時 : 2013/07/24 08:26   >>

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★歴史★
問題:スーツとかジャケットの裏地に凝る人がいます。夜のクラブなんかで見せびらかしているのを見かけたことがあります。靴に凝る人もいます。わりと目に触れない部分にお金をかける。通ぶった人たちには、そんな傾向があるようです。
■同様に江戸時代の女性たちも下着に凝ったらしい。たとえば腰巻きです。本来は単なる肌着です。頻繁に取り替えたほうがよさそうです。頻繁に洗ったほうがいいでしょう。価格の高い素材では困ります。木綿が最適なのかな。麻なら安価で丈夫そうですが、肌触りは少し荒いのかな。
■ところが、江戸時代には、絹の腰巻きもあったらしい。美しい模様を染め抜いた贅沢な一品も残されています*1。では、なぜ女性は下着に凝ったのでしょうか? 下から正しい説明を選んでください。(正しい説明は無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]江戸時代を通じて徐々に露出趣味が広まったから
[ろ]女郎たちが高価な下着を着ており、男たちがそれに夢中になったから
[は]心中する男女が派手な下着をつけていたことがあり、素晴らしいことだと噂になったから
[に]庚申信仰の一環で、高価な下着は疫病を祓うとされたから
[ほ]改革ごとに倹約令が出されたが、下着だけは対象とならなかったから
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]と[ろ]、[ほ]が正しい(?)
説明:[い]江戸時代を通じて徐々に露出趣味が広まったからという話はどうもホントらしい。
■参考資料*2によれば、18世紀前半に活躍した馬場文耕(ぶんこう)という講釈師が書いた「続下手談義」という本に次のように記されているらしい。「町の女房共は、わざと裾のひるがへるやうにして、脛(はぎ)の白いを見せつけ、仙人を落として見世物にせん方便なり」。昔々、久米の仙人が下界を眺めていたら洗濯をする若い女が見えました。脛の白さがあまりに美しく、つい目を奪われているうちに神通力を失って地上に落ちてしまった。そんな逸話が絡んでいます*5。
■最初は下着を見せるだけだったのが、脛まで見せるような風潮を生んだそうです。現代においてショートスカートからミニスカートヘと露出度が増幅していったように、「江戸時代においても、露出がしだいに顕著になった」とのこと*2。
■[ろ]女郎たちが高価な下着を着ており、男たちがそれに夢中になったからというのも当たっているらしい。吉原の女郎たちは、服には金がかけられます。仕事上の必要経費として認められるので、利益が出そうになったら上着にも下着にも投資する。なんてね。おそらくは、税金対策で投資したことはないでしょうけれど、ともあれ花魁たちは下着が美しかったようです。しかもそれを見せびらかします。一般の女性もそれを見習ったらしい。
■18世紀中盤から後半に活躍した神沢其蜩(かんざわ そのひぐらし?、貞幹(ていかん))という随筆家の文章に次のような嘆きの言葉があるそうです。「女の脚布(腰巻)は穢物(よごれもの)にて人前へ出る物にあらず。男の褌(ふんどし)勿論なり。是を晴(はれ)とするは角力取(すもうとり)許(ばか)りなり。さるを娼婦の類は、いかめしい緋縮緬を長くして、衣服と裾とを等しうして人前へひらめかす。尾龍(びろう)云ふ計(はか)りなし。責めては妓婦はゆるしてん。近き頃はなべての女かくの如し」。この場合の尾籠は、「猥褻」を意味するのかな。
■女郎が下着を見せびらかすのは仮に許せたとしても、一般女性までがみんなそんなことをする。嘆かわしいかぎりだと言っているようですね。
■[ほ]の改革ごとに倹約令が出されたが、下着だけは対象とならなかったから。これがいちばんの要因かもしれません。服の裏地に凝るのもそうなのでしょうか。徳川幕府がたびたび発した奢侈禁止令、倹約令では、上着はかならず対象となってしまいます。でも下着ははずれたらしい。さすがに絹のパンツは履くべからずとはいえないのかな。着物はお上のおおせどおりに質素にします。でも金が余ります。自己顕示もしたい。当然、反動として下着に金をかけるようになります。金のかかった下着ならば見せたくなる。で、脛まで見せたりします。さらには男の前でわざところんで下着を見せるようになる。そんな意味の話が参考資料*2にありました。
■余談です。上方落語には「湯文字誉め(ゆもじぼめ)」という演題があります。湯文字とは腰巻きを指す女房詞(にょうぼうことば、天皇や貴族、大名などの近辺で働く女性たちの隠語)ですね。主人公は周囲から「腰巻きの隠居はん」と呼ばれる人物です。隠居、つまり年配の男性がなぜか腰巻きに凝り、生地も染めも上等で趣向を凝らしたものにしているという不思議なお話です。男性の下着はふつうは褌です。でも褌ではせいぜい生地に凝るぐらいしかできません。腰巻きならキャンバスわりに絵画的な意匠にすることもできます。正月の風景や桜の山、大海原に釣り舟、紅葉に鹿の親子といった絵柄の腰巻きが隠居はんの自慢の品らしい。このお話がさほど現実離れしたものでないのだとしたら、男性が腰巻きをすることも珍しくはなかったのかな。
◆参考*1:HP「絹の腰巻 - 布夢布夢 泣いて笑って日が暮れて - 楽天ブログ(Blog)」
http://plaza.rakuten.co.jp/humuhumu1217/diary/200805210000/
◇*2書籍「日本歴史おんな噺」文庫初版211〜213頁、樋口清之著、ISBN4-8033-3698-9、大陸書房
◇*3HP「馬場文耕 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E6%96%87%E8%80%95
◇*4HP「【上方落語メモ第9集】その422 / 湯文字誉め」
http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug422.htm
◇*5HP「漢検2級程度漢字の書き取り。「久米のセンニン」のセンニンはどう書くの?」
http://blog.q-q.jp/200804/article_24.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
葛飾北斎の『北斎漫画』を見ると、上半身裸で寝転がっている女性が多数描かれているところをみると、あまりそういうことにこだわらなかったのかもしれませんね。
おっぱい丸出しで男性と談笑しているシーンもあります。
自由奔放さでは現代よりよかったのかもしれません。
ねこのひげ
2013/07/25 03:05
コメントをありがとうございます。

 江戸時代より前の庶民は現代よりもオープンだったようですね。
 もっとも、素町人が子供のころ、昭和30年代には、都電の中で赤ん坊に授乳させている母親もそんなに珍しくはありませんでした。
 豊かになってきて、だんだんオッパイは隠すようになったのかもしれません。これも「衣食足りて礼節を知る」のうちなのかな。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/07/25 06:55

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