源頼朝を狙った暗殺者たちとはどんな顔ぶれ?

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★歴史★
問題:元暦(げんりゃく)2年3月24日、西暦では1185年4月25日。長門国壇ノ浦において平家は滅亡しました。源頼朝に残された宿題は、いくさの上手な末弟を片付けることと、日本初の武士政権の基礎を固めることだったのかな。
■源頼朝は、この前後から何回か暗殺者に狙われているそうです。暗殺者ではないかと疑われている事例のひとつは建久(けんきゅう)4年(1193年)に行なわれた富士の巻き狩りの際に発覚しました。工藤祐経(すけつね)に仇討ちをした曾我十郎、五郎の兄弟です。復讐を果たしたのちに頼朝の館に向かったらしい。弟の五郎はそこで捕縛されているそうです。
■曾我兄弟は北条時政(ときまさ)の後援を受けていたらしい。ご承知のとおり、時政は北条政子の親父です。頼朝からみれば岳父(がくふ)にあたるのかな。時政と曾我兄弟は姻戚だそうですし、兄弟の烏帽子親(えぼしおや)にもなっているとのこと。「武家で男子が元服するとき、烏帽子をかぶせてやり、烏帽子名をつける仮の親」が烏帽子親だそうです。時政はのちに権力闘争に敗れて失脚します。義理の息子である頼朝の暗殺を企てたとしても不思議はないらしい。
■参考資料*1には、その他の暗殺計画が2つ紹介されていました。いずれも未遂に終わります。ではその2件の事例は、どのような動機によるものでしょうか?
[い]源範頼(のりより)・義経の遺恨
[ろ]奥州藤原氏の遺恨
[は]平家の遺恨
[に]木曽義仲の遺恨
[ほ]その他の遺恨
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[は]平家の遺恨と[ほ]その他の遺恨
説明:まずは[ほ]のその他の遺恨から。
■事件は養和(ようわ)元年(1181年)の7月に起きています。前の年に富士川の戦いがあり、閏2月4日には平清盛が他界します。すでに源氏は平家の勢いを凌駕しつつありました。
■鎌倉鶴岡八幡宮の若宮上棟の儀が行なわれたそうです。その帰り道、供の列の中にあまり見かけない男が1人まじっていたとのこと。怪しんだシークレット・サービス役の下河辺行平(しもこうべ ゆきひら)という者が身柄を確保します。
■帰ってから男を庭中に引き出させ、頼朝の面前で取り調べます。直垂(ひたたれ)の下に腹巻を着込んでいます。髻(もとどり)に札が付けてあります。札には「安房国故長佐(ちょうさ?)六郎の郎等(ろうとう、手下)左中太常澄(つねずみ)」と記してありました。髻とは、「髪を頭の上に集めて束ねた所」だそうです。
■男は尋問に応じません。ただ「斬罪にしろ」とくり返すばかりだったらしい。行平は、「お前を打ち首にすることはもちろんであるが、どういう意趣かを話せ」と聞きます。男はようやく語り出します。「去年の冬、わが主人が誅伐(ちゅうばつ)を蒙り、従類ことごとく牢人(浪人)した。この怨みは夢にも忘れない。その宿意を晴らさんがためであり、死骸をさらす時のために姓名を札に書きつけたのだ」と答えたらしい。子会社の社長の責任を追及して会社そのものも解散させた。そのため、多くの労働者が路頭に迷った。その恨みから親会社の社長をテロの標的にしたのかな。首をちょん切られることを想定して、名札を髪につけていたようです。準備がいいな。
■[は]の平家の遺恨の話は、建久(けんきゅう)3年(1192年)の事件です。場所は鎌倉の永福寺造営工事の現場らしい。永福寺は現在は史跡だけが残されているとのこと。そもそもは源義経や藤原泰衡(やすひら)ら、奥州合戦で戦没した人々の冥福を祈るために建立されたようです。
■工事人夫の中に左目の白く濁った男がいました。挙動不審を感じたシークレット・サービスが調べます。濁った目は魚のうろこを入れたにせの片目だったらしい。懐には一尺余の短刀を忍ばせていたとのこと。刺客は平家の家人悪七兵衛景清(かげきよ)の兄忠光(ただみつ)だったらしい。頼朝暗殺を意図していたそうです。
■景清は、能・歌舞伎・落語にも登場します。景清物とよばれる分野名にもなっているらしい。源頼朝を倒そうとして倒せなかった人物の哀話だそうです。落語の「景清」では景清自身が頼朝暗殺を企てて捕らえられ、源氏の世は見られぬといって目玉を自らくりぬき、清水寺に奉納したというお話になっていたと思います。
◆参考*1:書籍「日本史こぼれ話200」新書初版70頁、二木謙一 (ふたき けんいち)著、ISBN4-537-25453-X、日本文芸社
◇*2HP「曾我兄弟の仇討ち - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BE%E6%88%91%E5%85%84%E5%BC%9F%E3%81%AE%E4%BB%87%E8%A8%8E%E3%81%A1

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この記事へのコメント

ねこのひげ
2013年05月17日 02:54
古い歌舞伎座で歌舞伎を観たことがありますが、新しい歌舞伎座はどうなんでしょうね?
一度観に行ってみたいですが、人が多いでしょうね。
ねこのひげ様<素町人
2013年05月17日 09:39
コメントをありがとうございます。

 素町人も新しい歌舞伎座にはまだ行っていません。チケットの売れ行きが好調といった話を聞きますが、やっぱり人は多いんでしょうね。

 京都の南座が20年ほど前。大阪の新歌舞伎座は3年ほど前に新しくなったようです。
 三都そろって歌舞伎が再発展する土台は固まったらしい。問題は舞台上で演じられる中身のほうでしょう。頑張って欲しいものです。
(^^;)

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