町人思案橋・クイズ集

アクセスカウンタ

zoom RSS 江戸時代や戦国時代の城と現在の城の決定的な違いとはなに?

<<   作成日時 : 2013/03/06 08:38   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

画像
★歴史★
問題:いま、日本全国には、城と呼ばれる建物が100以上あるようです。なかには江戸時代からずっとそのままの国宝級の城もあります。あるいはつい最近創建された観光用のコンクリートづくりの城もあります。
■戦国時代や江戸時代の城は、21世紀の城とはある部分で外観が確実に異なっているらしい。それは屋根、とくに御殿と呼ばれる建物の屋根を見ればわかるそうです。昔の城では屋根の上にある日用品が乗っていた確率が高いといわれます。
■では、現代では見かけなくなったその日用品とは次のどれでしょうか? (正しい答えは無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]桶(おけ)
[ろ]梯子(はしご)
[は]竿(さお)
[に]縄(なわ)
[ほ]畳(たたみ)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]桶(おけ)と[ろ]梯子(はしご)
説明:桶は水をためておいたそうです。いわゆる天水桶です。雨水を貯えておくわけですね。梯子は桶まで人が登るためのものらしい。
■目的はもちろん消火・防火です。現代のように強力なポンプで水を放水できない江戸時代では、延焼をふせぐのにいちばん有効だったのは破壊消防だったらしい。これは城の中であろうと民家の建ち並ぶ城下であろうとおなじことだそうです。
■もうひとつ有効なのは初期消火だったようです。火事が本格にならないうちに水をかけることがとても大切だったわけですね。江戸の町のあちこちに雨水を集めて貯めておく天水桶があったらしい。小さな桶も備え付けられていたようです。時代劇でも時々見かけます。
■余談です。町中の天水桶はすぐ使えるように蓋をしていなかったらしい。で、当然ながら、夏になるとボウフラが沸きます。防虫剤を流し込むなんてことは、昔はしなかったようです。だいいち、強力な防虫剤もありません。天水桶の近所の人は、蚊帳が必需品だったようです。
■城の御殿の屋根にのせられた天水桶も、やはり初期消火のためのものらしい。参考資料*1には、明治時代初期のものという高知城の写真が掲載されていました。二の丸御殿と呼ばれる建物群だそうです。各屋根に大きな天水桶と梯子が設置されているのがわかります。失火したとき、井戸に行って水を汲んでくるなんてことをしていたら初期消火の機会を失います。見かけは不細工ではありますが、屋根の上の水を使えば、素早く対応できるのかな。説明には「…初期消火を怠ったばかりに、広大な御殿が全焼してしまった例も少なくない。そこで、御殿には初期消火用の「消火器」が備え付けてあった。消火器といっても、消火用の雨水を溜めるための天水桶が屋根の上に載せられていただけである」とありました。
■天守閣は、瓦や金属を応用した難燃性の屋根で葺かれているのかな。で、さすがに天水桶は載っていない。御殿のほうは、製作費の都合もあるのでしょうか。柿(こけら)と呼ばれる木製の屋根も多く使われていたようです。柱も梁も廊下も天井も壁も屋根もすべてが木材であれば、火災の際にはひとたまりもありません。
■高知城の写真の天水桶は、屋根の棟というのでしょうか、いちばん高い峰の部分にまたがって設置されていました。家庭用風呂の湯船に足をつけたような角型の装置です。ところで、実際に火災が発生した場合、どうするんでしょうね。初期消火をするためには、屋根や天井板を剥がさないと、廊下や座敷に水を撒くことはできません。管が設置されており、下に流すことができたのかな。あるいは主に延焼を防ぐため、屋根の柿に対して水を撒いたのかもしれません。それじゃ、初期消火ではないような気もしますけど。
◆参考*1:書籍「すぐわかる日本の城」初版122頁、三浦正幸(まさゆき)監修、ISBN978-4-8087-0807-8、東京美術
◇*2HP「屋根について―屋根の形状,勾配,各部の名称について説明―姫野セメント瓦工業所」
http://www.geocities.jp/himcemroof/yane1.html

ぬけられます→歴史雑学クイズ一覧

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
現在でも、燃えだした家は手が付けられませんからね。
火事に出会ったことがありますが、サッシなんかが、飴のように溶けていくのには驚きで、現代の消防力でも手が付けられない感じでしたね。
ましてや、江戸時代まででは、アッというまでしたでしょうね。
江戸城は再建されませんでしたからね。
戦国時代から、現在まで原型をとどめた城は、犬山城だけと聞いたことがあります。
ねこのひげ
2013/03/07 01:45
コメントをありがとうございます。

 かつて我が家で「火事」を出したとき、消防車が6台ほど来ました。
 ただし、放水はしませんでした。火災と呼ぶべきなのか、ストーブの異常燃焼と呼ぶべきなのか、わからない程の出火でした。消防車を呼ぶときには、すでに火は消してしまっていました。いちおう念のために呼びました。

 蛍光灯の合成樹脂製のかさが半分溶けて床に落ちたことが決め手となり、火災と認定されました。
 おかげで火災保険がかすかにおりたはずです。

 消防車到着後30分ぐらいは、なぜか、知らない人が数人、家の中に入り込んでいました。消防服は着ていません。近所の人でもなさそうでした。火事場泥棒かと緊張したものです。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/03/07 07:30

コメントする help

ニックネーム
本 文
江戸時代や戦国時代の城と現在の城の決定的な違いとはなに? 町人思案橋・クイズ集/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる