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zoom RSS ワイロをもらわずに品質向上を願った設計者。幕末の清廉潔白居士は誰なの?

<<   作成日時 : 2013/02/09 07:15   >>

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★歴史★
問題:ある大砲設計者のお話です。
■幕末には各藩は武器の購入に大金を支払ったそうです。この大砲設計者にも設計の依頼が飛び込んで来ました。設計した図面である業者に依頼したそうです。数日すると、鋳物師と名乗る男が赤坂の設計者の住居を訪ねてきました。
■その家はあばら家同然だったそうです。ちょっと気後れした鋳物師に設計者は声をかけます。
「なんだ?」
「大砲の鋳型の件でうかがいました」
「それならあがれ。土足のままでいい。畳のあるところまできたら履き物をぬげ」
鋳物師はいわれたとおりにし、畳に座ります。
「鋳型がどうかしたのか」
「そういうわけでは」
鋳物師は持参した包みを設計者のほうに押しつけます。
「これはなんだ」
「御神酒料です」
「ん?」
「大砲の製造が事故なく行なわれるように祈ります。どうぞお納めください」
「なんだそりゃ。事故は注意をして減らすしかないだろう」
「固いことをおっしゃっちゃいけませんぜ。ご存じでしょう」
「なんのことだ」
「こういうお暮らしでは、御神酒料がお役に立つと思いますが」
「御神酒料はいくらだ?」
「300両です」
「300両もか」
「もう50両を追加することもできます」
■設計者はマジな顔で鋳物師に聞きます。
「1000両の製作費なのに300両も設計者に渡すのか」
「しきたりです」
「製作費が足らなくなりはしないか」
「圧銅を減らし塡銅(てんどう)を使います」
鋳物師は再び包みを設計者に押しつけます。
「いらない」
「え?」
「この300両でおれの大砲にはいい銅を使ってくれ」
「……」
「たのむ」
■こんなやりとりが幕府の要人の耳に入り、さらに老中筆頭の阿部正弘(まさひろ)の耳に入ったらしい。設計者は幕府に呼び出され、立身の道が開かれたそうです*1。鋳物師たちも、実はそんな悪習に嫌気がさしていたらしい。淀んだ空気を吹き飛ばしてくれた設計者のすがすがしい姿勢に、鋳物師たちも内心拍手を送ったのかもしれません。なお、圧銅と塡銅についてはよくわかりませんでした。文脈から考えると、圧銅は高価で高品質、塡銅は低価で低品質のようですけど。
■では問題です。ワイロは不要だからいい製品を作ってくれと鋳物師に頭を下げた幕末の清廉潔白居士は次のだれでしょうか?
[い]高島秋帆(しゅうはん)
[ろ]江川英龍(ひでたつ、たろうざえもん)
[は]小野友五郎(ともごろう)
[に]小栗忠順(ただまさ)
[ほ]勝海舟(かいしゅう)
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ほ]勝海舟(かいしゅう)
説明:勝海舟は、清濁併せのむ人物かと思いきや、こうした側面があるんですね。おみそれしました。なお、勝海舟が出世の手がかりをつかんだのは、海防に関する意見を幕府が公募した際に提出した意見書であるとする説が強いようです。ここでは参考資料*1に従いました。どちらもきっかけになったのかもしれませんね。
■その後の勝海舟についてはご存じのとおりです。徳川慶喜を恭順派にまきこみ、内戦を最小にすることに尽力します。西郷隆盛とともに江戸の無血開城を成功させました。
■なお、鋳物師と設計者のやりとりは、参考資料*1に記されたものをほとんどそのまま引用しています。若干短くしてありますし、クイズに差し障る実名は隠しています。また、設計者である勝と鋳物師である増田某のやりとりは別のものだった可能性もあります*2。いずれにせよ、勝海舟が御神酒料を受け取らなかったことには変わりはないと思われます。
◆参考*1: 書籍「江戸のワイロ」初版79〜83頁、童門冬二(どうもん ふゆじ)著、ISBN4-89036-887-6、文藝春秋
◇*2HP「http://byp.web.infoseek.co.jp/rintarou2.htm」(本所から赤坂田町へ)
http://byp.web.infoseek.co.jp/rintarou2.htm

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勝海舟の命日かも。最後の言葉はどんなもの?
●●●●●★歴史★● 問題:勝海舟は高橋泥舟(でいしゅう)、山岡鉄舟(てっしゅう)とともに「幕末の三舟」と呼ばれています。とはいえ、その業績は、他の2舟とは比較にならないほど大きなものがあります。内戦の危機を回避し、日本を植民地化から救った人物ともいわれます。明治以降の繁栄の礎を築いた人物の1人かもしれません。 ■明治32年(1899年)の本日、1月21日。満75歳の勝海舟は風呂上がりにブランデーを飲んだらしい。すぐに脳溢血をおこし、そのまま帰らぬ人となったようです。 ■なお、Wik... ...続きを見る
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2015/01/21 09:00

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
勝海舟の話は読んだことありますが、この問題を読んでいて思い出しました。
押さえるツボはちゃんと押さえていたということでしょうね。

中国では、役人や軍人に払う賄賂のために、手抜き工事をせざるを得ず、高速道路やビルが崩壊し捲っているようですね。
建設途中で崩壊する建物もあるそうで、言語道断でありますな。
北京オリンピックの競技場もいまやボロボロだそうです。
ねこのひげ
2013/02/09 08:00
コメントをありがとうございます。

 建設途中で崩壊するビルがあるんですか。ひどい話ですね。

 北京五輪はわずかに5年ほど前ですよね。「五輪に使用された競技場で、一番短期間で取り壊される建物」としてギネスブックに掲載してもらえるかもしれませんね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/02/09 13:13

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