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zoom RSS 西暦下2桁52の年に名建築物が建設されるという噂。どんな建物なの?

<<   作成日時 : 2013/02/13 06:54   >>

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★歴史★
問題:宝くじやお年玉葉書の当選番号には下1桁とか下2桁がいくつ、というのが見られますね。当たりやすそうですが、それでもなかなか当たりません。1/10とか1/100の確率です。外す人のほうが多い。当たり前か。どうせはずしてお金を無駄にするのならサッカーくじです。各地の学校にサッカーボールを贈るほうがましでしょう。まっ、趣味の問題ではありますけど。
■それはともかく、日本史では、西暦の下2桁が52の年にからんで名建築が生まれるというお話があるそうです。建築業界の人には知っている人がいるらしい。一般人は誰もそんなことは知りませんよね。
■では、下の名建築のうち、下2桁が52の年に生まれたのはどれでしょうか? (52の年に生まれた建築物は無いかもしれないし複数かもしれません)
[い]奈良の大仏
[ろ]宇治平等院鳳凰堂
[は]鎌倉の大仏
[に]金閣寺
[ほ]銀閣寺
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[い]が下2桁52年に創建されている
説明:実は、下2桁が52というのはまるで根拠のない数字というわけではないようです。大昔、たとえば奈良の大仏や大仏殿が創建された752年当時には、釈迦が亡くなってから700年目と信じられていたらしい。西暦でいえば52年に釈迦が亡くなったというお話になっていたようです。
■ただし、現在信じられているところによれば、釈迦は紀元前5世紀に生まれ、同4世紀に亡くなっています。聖武天皇が信じていたよりもはるかに前に生きていたんですね。
■聖武天皇は、釈迦入滅後700年を記念して奈良の大仏をつくったらしい。だから752年、和暦で言えば天平勝宝(てんぴょうしょうほう)4年にたいへんこだわったらしい。多くの職人が水銀中毒などの労働災害に倒れながらも大仏と大仏殿の工事を続けさせたのかな。突貫工事だったようです。
■創建当時の大仏と大仏殿の建造費は現在の貨幣価値では推定約4657億円とWikipediaには記されています。庶民にとってはとんだ迷惑ですね。それだけの金をつかい、プランからは9年、工事開始からは7年を経て、752年に開眼供養会が実施されたとのこと。お疲れさまでした。
■下2桁が52の建造物は選択肢の中では1つだけです。でも他にも関わりはあるらしい。鎌倉の大仏は建長(けんちょう)4年(1252年)に造像工事が開始されたと「吾妻鏡」にあるそうです。こちらは完成はその数年後なのでしょう。やはり仏教関係者に下2桁52のこだわりがあったらしい。
■もうひとつ、宇治の平等院鳳凰堂もまた、永承(えいしょう)7年(1052年)を目標に建造を進めたそうです。釈迦の入滅後1000年経つと末法の世が始まるという仏教業界の噂話があるらしい。僧侶たちはそれを信じたそうです。信じるふりをしただけかもしれませんけど。
■父の藤原道長(みちなが)の死後、息子の頼通(よりみち)は宇治の別荘を遺産相続します。頼通は僧侶たちにそそのかされたのでしょうか。「末法の世が始まるのではたいへんだ」と思い込んだようです。対策として、別荘の敷地に平等院という寺を建立することにします。
■阿弥陀堂、いわゆる鳳凰堂は、1年遅れて天喜(てんぎ)元年(1053年)に完成しています。頼通はホントは釈迦入滅後1000年目にあたる永承(えいしょう)7年(1052年)の創建を目指していたそうです。でも、頼通には聖武天皇ほどのパワーがなかったんでしょうね。1年遅れてしまいました。施主の名前が名前です。工事もどこかに寄り道していたのかな。なお、10円玉に描かれている鳳凰堂は、現存する創建当初の唯一の遺構なんだそうです。
■他のふたつ、金閣寺は応永(おうえい)4年(1397年)、銀閣寺は延徳(えんとく)2年(1490年)の創建だそうです。こちらは釈迦の入滅に左右されることなく、室町文化の派手さと渋さをいまに伝えているようです。
◆参考*1:書籍「痛快ケンチク雑学王」初版68〜69頁、建築うんちく隊、ISBN4-395-00781-3、彰国社
◇*2HP「釈迦 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%88%E8%BF%A6

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
なるほど、いちおうの根拠があって建てられていたんですね。
奈良の大仏・・・国家の平安を願って建てられたといっても、庶民にとっては迷惑な話で・・・・
最近もありますね。
ミサイルを打ち上げたり、核実験したり・・・
あれは、まさに奈良の大仏ですな〜
ねこのひげ
2013/02/13 07:24
コメントをありがとうございます。

 奈良の大仏ができたころ、人口500万人のうち1万人が僧侶だったという話があります。農業や漁業、林業などにたずさわらず、非生産的な生活を行なう人々が0.2%いたということらしい。
 生産を行なう側は悲鳴をあげていたのでしょう。

 北朝鮮の内情は飢餓状態と言われます。ホントなのかな。もしホントなら革命が起きてもおかしくないのでしょうが。あの国の軍と国民はなぜ黙っているのか。不思議ですね。
(^^;)
ねこのひげ様<素町人
2013/02/14 07:34

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