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zoom RSS 日本最初のスケートリンクができた日。最初はなんと呼ばれていたの?

<<   作成日時 : 2013/01/16 07:41   >>

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★歴史★
問題:明治9年(1876年)の今日、1月16日は、日本で初めてアイススケートのリンクが開いた日だそうです。場所は横浜港にほど近い根岸村字立野(あざ たての?)だったそうです。青木安兵衛(やすべえ)という人物が商売として試みたそうです。
■そもそもは10月ごろに開場したかったらしい。でも横浜の秋です。氷はなかなか張りません。とうとう年を越してこの時期になったようです。ちなみにWikipediaの横浜市の項によれば1981年〜2010年の平均値、いわゆる「平年」の値としては、10月の平均気温は18.0度Cだそうです。温かい。都市化や地球温暖化の影響を受けている数字かもしれません。だとしても、100年余り前の横浜も10月中に氷点下の気温にはなかなかならないでしょうねぇ。
■さて青木安兵衛さんは、アイススケートリンクにどんな名前をつけたのでしょうか? 次の中から選んでください。
[い]アイス・スケート・リンク
[ろ]氷スベリ場
[は]氷上滑走園
[に]ゲタスケート遊園
[ほ]冷氷鏡園
(答えはずっと下↓ スクロールして下さい)

























★歴史★
正解:[ろ]氷スベリ場
説明:いい名前ですね。いちばんわかりやすい名前を選択したようです。
■氷スベリ場が商売を始めたというニュースを伝えたのは「横浜毎日新聞」だったようです。「…この遊びはロシア国にて最も流行るものにて、かの国にては寒気ことさら烈しければ十月にもなれば池沼湖も皆一面に氷つめて鏡のごとくなるに、なおこの上を機械にてよく平らに削り、さて尋常の沓の上にまた氷スベリの靴を穿き添え、ツルツルスルスルと彼方此方へ滑りまわりて楽しむことなり。その外西洋諸国の寒帯にある地方には行わるることなり。しかし不慣れの者は、足の運びを間違えてたちまち倒れ大怪我をなすといえば、一杯機嫌の先生などにははなはだ危ない」*1。
■スケート靴は輸入しようとすればメチャメチャ高いのでしょう。注文でつくってもそこそこの価格になってしまいそうです。第一、靴職人ですらあまりいなかった時代です。スケート靴をつくれる人間が国内にいたかどうか。明治10年(1877年)に札幌農学校に赴任したアメリカ人教師ウイリアム・ブルックスという人物が、本国からスケート靴を持って来たそうです。ひょっとしたら、この靴が国内でのアイススケート専用靴第1号かもしれません。明治24年(1891年)には、米国留学から帰国した新渡戸稲造(にとべ いなぞう)が、母校札幌農学校への土産にアメリカ製スケート靴3足を持ち帰ったらしい*3。
■ゲタの歯に対して十字に金属製の歯を埋め込んだスケート用ゲタが人気になったらしい。底を眺めると「キ」の字の形になるようです。手軽ですし、日曜大工ができる人なら自分で作れたかもしれません。明治9年(1876年)の廃刀令で値の下がった短刀、九寸五分を2本買ってきて固定すればいいのかな。長さも30cm余りでちょうどよさそうです。でも転倒している人にぶつかると、深刻な事故もありうるかな。
■氷スベリ場が開場したあとでも次のような新聞記事が見られるそうです。「外国人、氷滑りに興ず……横浜に居留の外国人は毎年寒くなると氷滑り(スケート)を催しますが、今年は北方の射的場のそばへ場所をこしらえ昨今は毎日午前7時より夜に入ってまで数人の男女が集まって走り競をしてなかなか盛んであるという」(読売新聞(明治13年1月17日付)。この記事では、根岸の氷スベリ場は触れられていないようです。外国人にはあまり人気がなかったのかな。
■アイススケートだけでなく、ローラースケートもこのころ流行していたようです。「浪花新聞」の明治9年(1876年)4月12日付の記事には次のように記されています。「ローラースケート……西洋人が寒中に氷の上をすべりて遊ぶ事は、皆様ご承知でござりましょうが、近来また新奇の遊事が始まり、その仕方は玉突き場などのごとく板敷きを滑らかにこしらえ、靴の底に小さな車を付けたるを踏みて、その上を滑ると、傍から音楽師がオルゴールの類を鳴らしてははやし立てるなどして、運動のためには至極面白いものにて、西洋にて盛んに流行するよし。これを上海在留の洋人が伝え聞いて、同所にもこの遊び場をこしらえん事を企つるに、その入費一万円内外と申す事と」。明治初年の物価はおおむね1万倍と考えると当たっているそうです。上海に計画されたローラースケート場は1億円ほどの予算だったのかな。
◆参考*1:HP「なるほど、靴の歴史」
http://roudouundoumeiji.com/rekisi-3.html
◇*2HP「横浜市 - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82#.E6.B0.97.E5.80.99

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
なるほど、氷スベリ場とはわかりやすいですね。
むかし、ゲタスケートを子供が作っているのを、テレビで見たことがあります。
金属の板を埋め込んでいたようですね。
竹でも作っていたようです。
竹スキーというのも、ありましたね。

昔は好奇心の赴くままに、自分たちで創意工夫していたようですね。
いまは、出来合いのものが多くて、想像力が育たないのかも・・・・
こんなことを言うから、おっさんは!と言われるのかな?(^^ゞ
ねこのひげ
2013/01/16 07:58
コメントをありがとうございます。

 「おっさん」ならおおいに結構です。「じいさん」と呼ばれるよりはマシじゃないですか。
(^^;)

 たしかに今の子供たちは、自分で何かを作るという場面は少ないようですね。だから工作は下手だし、アイデアにも欠ける。
 そのかわり、小学生のくせにVBとかC言語でプログラムが書けたりします。
 時代によって道具も玩具もかわります。子供たちが能力を発揮する方向もかわるのかもしれませんね。 
ねこのひげ様<素町人
2013/01/16 10:06

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